銀のヘッドハンター
屋根を越えて銀将は矢倉城の裏へ忍び込んだ。優勢の緩みか、城の者は宴を開いて浮かれていた。銀はこっそりと警備の金駒に近づいた。持参した懐中電灯で顔を照らして要の金を怖がらせようとした。不審な影に気がついたようだったが、金は表情一つ変えない。隣の守備銀もそれは同じだ。それならばと銀は光の角度を変えて鍛えの入った変顔に向けた。恐怖が駄目なら笑いに訴えかける方が有効だと銀は知っていた。要の金は厳しい目を向けていた。隣の銀は少し表情を崩したようだった。
第一の作戦は失敗に終わった。
援軍が来るまでに最後の作戦、直談判に打って出る。
「この将棋は逆転するよ」
「敵の銀が何しに来たんだ」
要の金は門前払いの構えだった。
「こっちにつかないか」
銀将は腹を割って持ちかけた。
「この将棋が逆転するわけないだろう」
「本当に逆転するんだって」
「だったら証拠を出せ」
守備銀がそう言うのは心が揺れている証だ。だが、読み筋をさらせば起こる逆転も起こらなくなる。少しのヒントで訴えなければならない。
わけもなく
高まる不安
渋柿を
武将に投げて
寝返りを待つ
折句「渡し舟」短歌
「向こうで遊んでいる銀が命取りになるのさ」
「あの銀は形勢には響かないね」
「今のところはね。でもそちらの飛車がこちらに回ったらどうかな」
「そんなことがあるものか。捕まる要素は見当たらない」
「今のところはね。でも自由ってのは儚いものさ」
「真っ先に捕まるのは君じゃないの」
警告するように要の金は目を光らせた。
「とにかくこれが逆転するんだ」
「宴が終わる前に帰れ」
銀将は守備的金駒の心の内に確かな隙を読み取っていた。
「後で歩が叩きに来るから」
「だからどうした」
「一度だけ取ってくれ」
「くれると言うなら取ってやろう」
銀将は続けて守備銀を誘い込んだ。
「後で歩が三度叩きに来るから」
「それでどうすればいい?」
「全部素直に取ってくれ」
「ただでくれるならみんな取ってやろう」
もはやそうなれば城は崩壊したに等しい。玉頭から飛車が急襲をかけることだろう。
「おい! そこで何をしている?」
宴から馬が戻ってきた。銀将は咄嗟に回転して守備銀に身を寄せた。
「ネズミです」
要の金が動じずに答えた。
「この城も古いからな」
千鳥足の馬は偽装銀矢倉に気づかずそのまま通り過ぎた。
「それではそのように」
「本当に逆転するのか?」
要の金が動けばそれは一瞬だろう。
一仕事終えた銀将は屋根の上から頭を下げた。
「今度はこちらの銀冠城で会いましょう」
闇をさす
胡瓜が天に
届く時
打つ勝負手は
フーの打診だ
折句「焼き豆腐」短歌
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?