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レイト・カフェ

ぬくぬくと食べたいものは美味いもの
何せわたくし議員ですもの
(折句「ヌタウナギ」短歌)

 チャンスの芽が出かけた頃に私は店を追われた。これからという時に無念だ。バッジがあれば話は違った。じゃんじゃんばらばら、人生の花が夜いっぱいに咲いたことだろう。気がついた時には、私はコーヒーカップに口をつけていた。

「あんたパチンコ勝ったんか」
 少し遅れてあきさんがやってきた。少し声がしゃがれている。
「勝ちかけたところで追い出されたわ」
「そうなの」
「議員バッジあったらまだいけたんやけどな」
「えー、ほんまかいな」
「いや知らんけど」
 近頃はルールがよく変わる。何が本当か自信が持てない。昨日は問題なしとされたことが、今日には大問題になっていたりする。

「私も調子が上がってきたところで追い出されたわ」
「またカラオケか。議員バッジあったらずっと歌えたのに」
「ほんまかいな」
「知らんけど」
 一律に決まっているルールではない。私たちは知った気になって、いつも誤解してしまうところがあるらしいのだ。

「最近どうなの?」
「そうやな。鍋も飽きたし天ぷらかな」
「天ぷらもええねえ。どんなん?」
「おくらとか、ししとうとか、ピーマンも美味しいわ」
「ゆりねも美味しいよね」
「そう。やっぱり揚げたてが何でも美味しいわ」
 結論はシンプルなところに行き着く。外が駄目ならおうちで美味しさを追求していくまでだ。

「そりゃそうやわ」
「鱈も美味しかったわ」
「ええね。鱧もええよ」
「南瓜もええよね」
「ええね。大葉もええで」
「あー。あっさりしてて美味しいわ」

「揚げたらパリッとなるわ」
「音がまたええのよね」
「勿論よ」
 美味しいものの話をしていると時間の感覚がおかしくなる。色んな具材を口にしたが、ここでは私たちはコーヒーしか飲んでいないのだ。

「食感も大事よね」
「大事大事。みんな大事よ」
「ここ何時までやった?」
「22時ちゃうかな。酒置いてないからええのよ」
「そうなんや」
「いや知らんけど」
「知らんこと多いな。こんなしゃべってて大丈夫かな」

「私たちは大丈夫よ」
「そうやね。私たちは大丈夫よね」
「コーヒー飲んでたら平気よ」
「それほんまなの?」
「勿論よ。もう1杯いただこうかな」
「バッジなかったら追い出されるんちゃう」
「その時はその時よ」
「じゃあ私ももう1杯」

「ここは落ち着くやろ」
「ほんまや。よう流行ってるわ」



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