モダン・オーケストラ
指揮者は時が満ちるのを待っていた。
待つことを忘れた現代人にとって、それはどれだけ長い時間だっただろう。打楽器も弦楽器も物音一つ立てない。奏者はみんな魂を研ぎ澄ますように静止している。
動くものをとらえることに慣れすぎてしまった。動かないものたちの前には、戸惑いだけが広がって行くようだ。きっと聴き手にとっても心をあけておくための大切な時間に違いない。
(始まったら聴き入ってしまうのだろう)
奏者も観客もみんな眠っているように静かだ。
バイオリンもトランペットもチェロもクラリネットもポメラもトッポもポテコもポッキーもポリンキーもパピコもソムリエもパティシエもユニコーンも、あらゆる楽器がその時のために備えながら、指揮者の前髪を注視しているようだった。
その時、指揮者がくるりと回って頭を下げた。鳴り始めた拍手があっという間に会場を包み込む。スタンディングオベーション。
「終わったのか」(始まっていたのか……)
すべては沈黙の内に過ぎ去ってしまった。
私の心には深すぎて刺さらない演奏が、終わった。
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