【第6回】とうとう始まってしまった
佐賀のプロジェクトに関わってもらった設計会社の二人と接していく内に俺の中で湧き上がったもうひとつの「デザイン」があった。それは、カタチのないものを形にしていくこと。簡単に言うと「状況」をデザインしたいと思ったのだ。
それはまさに「パブリック・スペース」に関わったことで思いを強くしていた。いきなりカタチあるものを前提に考えるのではなく、人を考え、状況を作る。そして形あるものをデザインしていくことと勝手に考えている。
さて、佐賀のプロジェクトだが、会社は作ったことはあるが、他人が出入りする場所は作ったことがないし、ましてや店などやったことがない。僕らがいう場所とはただの店をやることではなく、みんなが立ち寄る公園とか山のようなものだ。仕事で関わっていた「パブリック・スペース 」のようなものの実践編をやってみたかった。
まずは場所探し。有田町でもどこでもいいわけではなく、俺は祖父たちと過ごした繁華街から離れた旧市街にした。そこはいまでも通りに江戸時代から昭和の頃の古い古民家が立ち並ぶところで、当時はそのあたりが有田町の中心だったところだ。
物件はいろいろ紹介を受け、築90年ほど経っていた元商家の古民家に出会った。旧市街のメイン通りからちょっとはずれた場所にあり、10年近く住んでいなかったので雨漏りがして、畳にキノコがいくつか生えていたが、直感でこの物件に決めた。なんとなくの記憶だが、小さい頃に祖母と何回か来たような場所だった。それもそのはず、裏には昔ひいばあさんたちが住んでいた家があり、おそらくこの商家の人たちとも交流があったのではないだろうか。後日、近くの墓地に眠る先祖の墓に挨拶に行ったとき、隣にあった墓がそこの商家の人たちの墓だと知った。「こりゃ、呼ばれたな」と思わざるを得ない出来事だった。
古民家の中にて佇む俺。まだ内装工事の業者が決まってなかったころ。
場所が決まり、店の業態はカフェのようなものにした。地域にデザイン会社を構えると依頼者との交流しか生まないが、カフェだと一杯のコーヒーで不特定の人たちとお互いがフラットになれる。そんな場所を目指そうとしていた。
東京のスタッフを全員連れて、再び佐賀へ。内装をどうするとかそうゆうのではなく、まず、みんなに1日そこに佇んでもらってどのような風景になったらいいのかを想像してもらった。人の過ごし方、どう動くのか、何があったらいいのかなどを各自、思い思いに付箋に書いてもらって、図面の上に貼ってもらった。
みんな想像して、この空間の過ごし方を考えてみた
オープン前夜
オープンは2016年9月23日に決めた。だが、内装工事の業者がなかなか決まらない。刻々と時間だけが過ぎ、とうとうオープンまで2週間を切ってしまった。やっと業者が決まり、残り1週間で仕上げてもらった。オープン日をずらせば工期が伸びるんだけど伸ばす選択肢はなかった。
その日が自分の誕生日だったからだ。
業態がカフェに決まったものの、生きててこの方、ドリップコーヒーなんて入れたこともない。コーヒーはコンビニのコーヒーがうまいと思ってた人間だ。好みはファミマのコーヒー。
知り合いづてで、美味しいと評判の焙煎専門店を紹介してもらい、二日間だけレクチャーしてもらった。見様見真似で始まったカフェ、名前はFountain Mountain。直訳すると「泉山」。有田町で400年前に陶磁器の原料が発見された、有田町のはじまりの土地の名前だ。
ある意味、勢いで始めた新しい場所づくり。経験もなにもないが、とにかくやると決めていた。
オープンの前日の夜、現地で借りたマンションのベランダでタバコに火をつけ一服。
「やべぇ...とうとう始まってしまった...」
もう後戻りはできない。
(つづく)