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【第8回】その出会いは、突然に

Fountain Mountainを開くときに考えていたこと、大体この5つだ。
・街に毒を盛る
・自立した人たちとのつながり
・街の雰囲気に飲まれない
・街で変わってると思われる人との出会い
・街の系譜を探る

毒を盛る。第7回に書いたとおりだ。街に刺激を加えるために、よりクリエイティブでヒントになるものをどう投下していくか。街の悪い先輩みたいな。

自立した人たちとのつながり。幸いにもこの街に新しい場所をつくる前にインタビューした人たちがいた。その人たちはしっかり自分で考え、自分の足で立っていたり立とうとしていた。ある意味クセのある人たち。

街の雰囲気に飲まれない。地方だけじゃなく都会にもあるが、人と交わると必ず煩わしいことに巻き込まれてしまう。地方だと都市より存在が目立ち、顔が知れてる分、相互で監視しあっているような感じだ。何かをすると実際に明日には噂が出回ってる(笑)。
もちろんその土地で仕事をするので完全にシャットダウンするのではなく、ある一定距離を保って付き合っていく。野生動物に似ているかもしれない。だからこそ、新しい場所はメインの通りにではなくそこから外れた場所にしたのだ。

俺はそうゆうこともあって、移住するのではなく、東京ー佐賀を往復することを選んだのだ。滞在する場所もその街ではなく、車で2、30分のところにある違う街にしていた。

そんな俺でもある一定期間(1、2週間くらい)いるとその街の雰囲気に飲まれてしまう時があった。その雰囲気がどうなのかっていうのは言葉になかなか言い表せない...。

街の系譜を探る。その土地にはその成り立ちというものがある。多少の高低差があって、砂利があれば、そこに川が流れていなくても川があったということになる。人もそうだ。そこに昔からの営みがあれば、時代は変わって目に見えなくなっても変わらないリズムのようなものがある。文脈を探しながら、それを俺たちの行動にどう落とし込むかを考えながらやっていこうと思っていた。

街で変わってると思われる人の出会い。これは見つけようとしてもなかなか難しい。基準は社会の常識を破ろうとしている人、もしくは常識を無意識に逸脱してしまってる人のことだろうか。なるべく常識を外した人ってものはいるワケで、大抵、疎まれる人だったりする。そんな人と出会ってみると何か発見があるんじゃないかと思ったのだ。

突然現れた、三河のダルマじいさん

その出会いはすぐに起きた。店のある有田町は毎年4、5月のゴールデンウィークに陶器市という200万人が集まる最大のイベントがある。俺たちもそのイベントで店を開けて営業することになった。そこにマルッと禿げたじいさんがひょっこり現れた。その人の名は三河さん。

三河じいさんはよく喋る。Fountain Mountainがある場所がまだ商家だったころ丁稚奉公から番頭になるまで働いていたとか、いま筆で描いた絵や書などを見せてもらった。要はこの店で陶器市期間中に出店させてくれないかということだった。

怪しいな〜と思ったが、ここは受け入れようと思った。

陶器市当日、彼は子供の背丈くらいの大皿(自分で絵付けした)や布に書いた書画などを携えてやってきた。軒先に小さな机、椅子を置いて、持ってきた大皿などをディスプレイ。どんなことをやるのかとのぞいてみると、新聞の折込広告の裏紙の束を机に置いて、ぞろぞろ歩いてくる人々に声をかけていく。

「お代は入りません、あんたの話を聞いて想像したものを描くよ」

何人か立ち止まって、三河のじいさんに話しかけている。
じいさんが話を聞きながら筆(筆ペン)で広告の裏紙にスラスラと絵を描き、言葉を添える。

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なんじゃこりゃ??と思った。そんなのでお金なんて払わないでしょと思って見ていたが...。その呼び止められて絵を描いてもらったおばさんは楽しそうに会話し、その絵をもらって、1万円を置いていった。その後も夕方までに数人。5、6万くらいにはなったろうか。

はぁ?!なんじゃこりゃ...

机をかたづけながら、ニマニマとお捻りをもらった旅芸人のような三河じいさんがいた。ダルマのお布施かっ!
これはホンモノをみたような気がした。彼はお金のやり取りをしていない。
良く言えば、ココロのやり取りをしていた。

それが3日経った日、三河のじいさんは「もうちょっと儲かりそうな場所に移動する」と告げてこの場を去っていった。(オイっ!)

こっちも東京で何年もビジネスやってきたが、あんなやり方は初めてだった。
サルかキツネか、それともタヌキか...常識にまみれている自分が小さく見えたのは確かだ...

(つづく)






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