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興味のうねり

 サトミが養護教諭を勤める高校は家庭事情もそれほど複雑でない地域のごくありふれた中級クラスの進学校だ。

 とはいえ、保健室には息抜きに話をしにくる子もチラホラいる。

 ところが今日の保健室に訪れた片田トモコはそんな常連メンバーではなかった。
 階段で転んで膝から血を流して手当てに来たのだ。怪我自体は大したことはない。

 サトミが、転んだ様子など聞いたあと処置している様子をトモコはじっとみていた。


そしておもむろにたずねた。
「先生、リストカットってしたことある?」

え?
「ないけど。片田さんはあるの?」

急に聞かれたので、ずいぶんおかしな返答になってしまった。
しまったなと思ったが、片田の返事はカラッとしたものだった。

「私だってありますよー。今流行ってるんです。ほら。」

めくってみせた長袖シャツには
いくつもの傷が並んでいた。

一部の女子の間で長袖を先取りして着るのが流行っているのかと思っていたが、それはそういうことか。

ギョッとして片田の顔をみると
なぜか誇らしげである。

サトミが再び視線を落として傷を眺めると一つはかなり深い。

「そんなの流行嫌だなぁ。それだけはやめて欲しい。」

 あまり刺激をしないように落ち着いた態度でそっという。

 こんなに驚いているのに、いたずらに騒がないほうがいいことは、この職業についてから身体に叩き込まれている。

 コンコンコン

「トモコぉー。終わったぁ〜?」

ノックの音が聞こえたかと思うと
長袖の女子が数人保健室に
なだれ込み
あっという間にトモコを連れ去っていった。

 その日の仕事を終えてサトミはいつも通り保健室に鍵をして、職員室に声をかけ、車に乗り込んだ。

 そしていつもの道をいつもの通り運転しながら考えた。

「リストカットってトモコみたいな子も巻き込んでどうして流行したりするんだろう。」

「リストカットって痛いのかな。」

 しばらくしてそしてサトミはこの興味こそが流行の要因であるとハッと気がついた。

 みんな理由なんて適当なのかもしれない。

 そしてあの元気な娘達に、次なる興味が必ず用意されますようにと祈った。

 校内で慎重に情報が共有されたあとも、たいした変化はなかった。

 トモコが髪の色がやけに明るい女子生徒が増えたことに気がついたのはしばらくあとである。

 その頃には女子生徒も暑さに耐えきれなくなって、みな半袖になっていた。若者の新陳代謝は素晴らしい。気を引くような新しい傷は見当たらなくなっていた。

 突然現れたヘアカラーブームに、生活指導担当の先生は大弱りのようであったが、トモコはその攻防を目を細めながら眺めた。



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