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医師による薬の譲り渡し

一般的に薬の譲渡しが悪いことだというのは、SNS等で話題になったこともあり、よく知られているでしょう。
では実際にどのような法律にひっかかるのか、医師からならプライベートで譲り渡しても大丈夫なのか?について調べてみました。

なお、私は法律家ではない医師ですが、なるべくしっかりしたソースを転載等して正確に期したいとは思います。

関連法規

関連する法律は、以下です。
①医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
これは、医薬品医療機器法やいわゆる「薬機法」とも呼ばれています。かつては「薬事法」という略称でしたが、法律改正で薬事法はなくなり、薬機法になっています。

②麻薬及び向精神薬取締法
麻向法(まこうほう)と略されることもあります。なぜ麻薬?と思ったと思いますが、後述します。

③医師法
言わずと知れた医師法ですね。ときどき話題になる、そして誤解も蔓延している応召義務も医師法の中にあります。

④薬剤師法

定義

医薬品とは何か、規制を受ける薬剤の対象は何か、ですが、
薬機法に定義が載っています。

薬機法 第2条「この法律で「医薬品」とは、次に掲げる物をいう。 第1号 日本薬局方に収められている物…」

つまり、医師が普段処方しているような薬はだいたい医薬品でしょう。
医薬部外品は含まれません。

業(なりわい)としての譲り渡し

一般人が、対価をもらっていたり、反復継続していたりして「業」としてやっているような場合は、薬機法に違反します。
薬機法第24条 第1項「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。…」

つまり、業として譲り渡すことができるのは、条文上、薬局開設者か医薬品販売業だけとなっています。

これに違反した場合は、以下のように罰則付きです。
薬機法第84条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第9号 第24条第1項の規定に違反した者

医師による譲り渡し

ここで少し疑問が生じます。小さなクリニックの院内処方では薬剤師や薬局もないのに薬を渡しているところがあるはずです。「薬局開設者か医薬品販売業」でもないのに、これはどう容認されるのでしょうか。

これはおそらく薬剤師法19条の例外規定で許容されているのではないでしょうか。

薬剤師法19条 「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方箋により自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときは、この限りでない。
1号 患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合
2号 医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第二十二条第一項各号の場合又は歯科医師法(昭和二十三年法律第二百二号)第二十一条第一項各号の場合」

まず、この1号のケース、つまり患者希望なんですとなれば「自己の処方箋により」調剤して医薬品を提供することができる。

ここで言う「調剤」とはどういうことか、以下に議論されていました。
http://pha.jp/shin-yakugaku/doc/Vol45No9_217-220.pdf

これによると、「調剤」とは、医師の処方箋に従って薬剤を調整し患者に交付すること、などの意味合いだそうです。

合わせると、医師は患者希望があれば自己処方箋により自ら薬剤を選別等して患者に提供できる、ということになります。

次に2号のケースもありますが、そこにある「医師法第22条第1項各号の場合」とはどういうものか見てみます。(歯科医師法の方は割愛します。)

医師法第22条第1項「医師は、患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には、患者又は現にその看護に当たつている者に対して処方箋を交付しなければならない。ただし、患者又は現にその看護に当たつている者が処方箋の交付を必要としない旨を申し出た場合及び次の各号のいずれかに該当する場合においては、この限りでない。
一 暗示的効果を期待する場合において、処方箋を交付することがその目的の達成を妨げるおそれがある場合
二 処方箋を交付することが診療又は疾病の予後について患者に不安を与え、その疾病の治療を困難にするおそれがある場合
三 病状の短時間ごとの変化に即応して薬剤を投与する場合
四 診断又は治療方法の決定していない場合
五 治療上必要な応急の措置として薬剤を投与する場合
六 安静を要する患者以外に薬剤の交付を受けることができる者がいない場合
七 覚醒剤を投与する場合
八 薬剤師が乗り組んでいない船舶内において薬剤を投与する場合」

この一〜八はかなり特殊なケースですが、その前の文章で、患者が「処方箋の交付を必要としない旨を申し出た場合」には処方箋なしでも医薬品を調剤、提供できるとなっています。

つまり、医師は処方箋なしでも患者が処方箋をいらないと言った場合などには自ら薬剤を選別等して患者に提供できる、ということになります。

以上によると医師が薬局や薬剤師を介さず、プライベートであれ「業として」であれ、誰かに医薬品を渡すことができるのは、二つのケースということになります。

①患者希望で、自己処方箋により、自ら薬剤を選別等して患者に提供。
②処方箋不要の申し出などの条件があって、処方箋なしで、自ら薬剤を選別等して患者に提供。

自己処方箋か処方箋なしパターンか、どちらか。

よって、医師がプライベートで譲り渡す場合には、自己処方箋を出すか、「処方箋いらないよね?」「うん」みたいなやり取りがあれば大丈夫ということでしょうか。

ただし、そんな律儀な医師がいるかどうかは分かりませんが、一応はこれで合法と言えそうです。

一般人による譲り渡し

一般人が、業とまではいかないが、余ってるからちょっと譲り渡す行為。対価ももらわない、無償、ならOKなのでしょうか?

そこで超重要なのが、医師法17条です。
医師法17条 「医師でなければ、医業をなしてはならない。」

当たり前ですね。ただ、医業とは何か?
薬を渡す行為は医業なのか?

医業について、厚生労働省通知がありました。
「「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことである」
(医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について  (通知)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb2895&dataType=1&pageNo=1

これに照らして考えると、他人の状態をある程度把握し、それに見合った医薬品を服用のために提供するのは、どう考えても「医行為」でしょう。ただ、これが「医業」とまでいえるかどうかは、やはり「反復継続する意思」の有無によると言えそうです。

何回もやっている証拠が挙がるなどした場合には、医師法違法になりそうです。(立証できるかどうかや実際検挙されるかはまた別の話です)

では、一般人が、単回、ちょい渡しするくらいであれば法律には違反しないのでしょうか。

しかし、これは、上で見た薬剤師法に違反するかもしれません。

薬剤師法19条 「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。」

医師歯科医師の場合は例外規定の文言が続きますが、一般人にはその例外規定が働かないためです。

ただし「調剤」の定義が「処方箋に基づいて提供すること」みたいな位置付けだった場合、一般人が「いえ処方箋に基づいて提供しているのではなく、ただ単発で渡しているだけだから、これは調剤とは言いません、業としてでもありません。だから薬剤師法にも薬機法にもひっかかりません」と強弁した場合、どうなるかは分かりません。

調剤の定義のところで出したリンク先にも、「調剤の定義はどこにも記載がない」と書いてあるように、グレーという言葉が当てはまるのかもしれません。

睡眠薬の場合

最後に最も気をつけるべきことです。
それは睡眠薬の場合です。

麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)に違反する可能性があるのです。

麻薬をちょい渡しするドクターはさすがにありえませんが、精神科で使っているような薬や睡眠薬なんかは向精神薬に分類されていることがあるのです。その場合、麻向法を参照する必要があります。

↓ 下のリンクによると、睡眠薬エチゾラムとゾピクロンは第三種向精神薬に追加されているのです。

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/yakubuturanyou/oshirase/20160914-1.html


エチゾラムは商品名はデパス、ゾピクロンは商品名はアモバンです。

こういう向精神薬に分類された睡眠薬は麻向法を守らなければならなくなります。

そこで以下を参照します。
麻向法第50条の16「向精神薬営業者(向精神薬使用業者を除く。)でなければ、向精神薬を譲り渡し、又は譲り渡す目的で所持してはならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
1 病院等の開設者が、施用のため交付される向精神薬を譲り渡し、又は譲り渡す目的で所持する場合…」

これによるとまず一般人が向精神薬を譲り渡すのはアウト。
では医師は?
ただし書には病院等の開設者であれば例外的に違反しないと書かれていますね。
つまり、医師であるだけでなく、病院等の開設者である必要が出てくるのです。

違反者には罰則もあります。
麻向法第66条の4 「向精神薬を、みだりに、譲り渡し、又は譲り渡す目的で所持した者(第七十条第十七号又は第七十二条第六号に該当する者を除く。)は、三年以下の懲役に処する。」

さらに、「病院等の開設者」であればじゃあOKなのか?

そこで以下を参照します。
第50条の21 「向精神薬取扱者は、向精神薬の濫用を防止するため、厚生労働省令で定めるところにより、その所有する向精神薬を保管し、若しくは廃棄し、又はその他必要な措置を講じなければならない。」
麻薬及び向精神薬取締法施行規則第40条
第1項 「向精神薬取扱者は、その所有する向精神薬を、その向精神薬営業所、病院等又は向精神薬試験研究施設内で保管しなければならない。」
第2項 「前項の保管は、当該向精神薬営業所、病院等又は向精神薬試験研究施設において、向精神薬に関する業務に従事する者が実地に盗難の防止につき必要な注意をする場合を除き、かぎをかけた設備内で行わなければならない。」

施設内でかぎをかけた設備内で、などかなり厳重な管理を要求していますよね。

参照)向精神薬取扱いの手引き
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/kouseishinyaku_01.pdf

つまり、病院の開設者で、譲り渡すとしても、こうした保管をしていたものなのかどうかが問われる可能性が出てくるわけです。

まとめ

「業として」渡すのは薬局と販売業以外は違法。
医師・歯科医師の場合には例外規定があり、処方箋の事項をクリアしていればOK。
一般人によるちょい渡しはグレー、程度によっては違法。
向精神薬に該当する睡眠薬は、院外では基本的にはNG

となりますかね。

最後に

私は法律家ではありませんが、気になったことがあれば各種法律をときどきまとめています。医師としての専門は形成外科です。細かいことが気になる診療科ですね。包茎手術のスペシャリストを名乗っていますのでご相談があるかたは是非。

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