農家バイト奮闘記(1)【パンプアップ・パンプキン】
しがないWebライターこと僕。
我が身一つで仕事を始めたはいいが、なかなか稼げない現状に頭を抱えている。
仕事柄、イスに座っている時間が長いため、運動不足にもなりかねない。
そこで、ライティングの仕事が軌道に乗るまで、短期バイトでなんとかつないでいこうと考えた。
接客や介護といった対人系の仕事は苦手なので、なるべく単純作業のようなものがいい。
時給が高くて、適度に動く、単純作業の短期バイト。
そんな都合のいいバイトがあるわけ……
あったわ。
その名も「農家バイト」。
文字どおり、農家さんのもとで農作業を手伝うバイトのことだ。
今回挑戦したのは、カボチャの収穫。
時給は約1,300円で、北海道にしてはかなり高い。圃場(ほじょう)を歩くのでいい運動になるし、作業内容も至ってシンプル。1日単位で入れるというのも好都合だ。これ以上のバイトはない。
意気揚々と応募し、無事採用が決定した。とりあえず、月曜から金曜までの5日間。
ようし、みっちりバイトしてがっちり稼いでやろうじゃないの。
1日目、初めての作業になるため、入念に準備した。
長靴よし、手袋よし、タオルよし、帽子よし、飲み物よし、お弁当よし、ペットボトルホルダーよし。
集合時間の午前7時30分に間に合うよう、早めに家を出る。
うん、完璧だ。あとはひたすら作業に集中すればいい。
圃場へ到着。
一緒に作業をする人たちに挨拶をし、簡単な説明を受ける。
畑に並んだカボチャさんたちのヘタをハサミでちょっきん、それをでっかいコンテナの中に入れていくという流れらしい。
また、ちょっきん係のほかに、ちょっきん係からカボチャを受け取り、コンテナに入れる係がいる。
ほうほう、なるほど。カボチャはそうやって収穫されるのか。理解した。
ヘタ切り用のハサミを受け取り、いざ参る。
カボチャの葉や茎だけでなく、雑草までもが道を阻む。
それらを掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけてはヘタをちょっきん、そしてコンテナ係へパス。
草々を掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけてはヘタをちょっきん、そしてコンテナ係へパス。
草々を掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけてはヘタをちょっきん、そしてコンテナ係へパス。
草々を掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけてはヘタをちょっきん、そしてコンテナ係へ……
めっちゃつらいんだけど。
圃場は清々しいほどだだっ広く、しかも傾斜があるので、足がめちゃくちゃ疲れる。
長靴は履き慣れておらず、父に借りたものなのでなおさらだ。
加えて、炎天下の作業である。午前7時30分の時点でゆうに25℃はあっただろう。作業開始まもなく(あるいは開始する前から)汗が噴き出していた。
うう、こんなに大変だとは。
今何時くらいかなぁ、体感ではもう午前11時くらいなんだけど。
いやいや、こういうのって実際はそんなに経ってないんだよ。つらいときは時間の流れが遅く感じるからね。せいぜい午前10時くらいなんだろう。
スマホを取り出し、時計を見た。
AM9:15
うそだろ……?
櫻井翔演じる武蔵刑事も真っ青だよ。
正直ナメてたわ、カボチャ。すまん。
幸い、水分補給タイムをこまめに設けてくれたり、「途中で休んでいいからね」と優しく声をかけてくれたりと、農家さんの配慮はとても手厚かった。ありがたや。
それにしても、お手伝いのおじいさんが3人くらいいるが、大した元気だ。
メガネをかけた80代前半くらいの人に関しては、汗一つかいていない。
どうやら、内部に扇風機が取り付けられたウェアを着ているのが効いているようだ。あれ、めちゃくちゃ涼しいみたい。
そんな扇風機おじいを横目に、僕は汗だくになりながら圃場を進んだ。
やっと午前10時になり、15分の小休止。
といっても、その場で休むことになるので、休憩といいながら暑さでじわじわと体力は削られていく。水分補給は必須だ。
作業前に500mlペットボトルのスポーツドリンクを受け取ったのだが、そんなものはとっくに空である。
そのため、途中途中の水分補給タイムでは、トラクター(でっかいコンテナを運ぶ用)に積んであるタンクから氷水を分けてもらった。ありがたや。
束の間の休憩が終わり、作業を再開する。
農家さんが僕の体力を考慮し、比較的疲労度の少ないコンテナ係と交代させてくれた。
ちょっきん係がカボチャを投げてくる。そう、投げてくるのだ。
近くにいれば手渡しなのだが、ちょっきん係はぐいぐい進むので、どうしてもコンテナから離れてしまう。
だから、ちょっきん係はカボチャを投げてくるのだ。ほんとに。バスケットボールのパスさながらに投げてくるのだ。
確かに、ちょっきん係より簡単な作業ではあるが、思考停止でできるものではない。
タイミングを間違えると多方向からカボチャさんが飛んでくるし、うまくキャッチしないと落っことしてしまう。
コンテナに入れるときも注意が必要だ。カボチャさんたちは大切な商品なので、あまりぞんざいに扱ってはいけない。手首のスナップを利かせて、レイアップシュートのようにそっと置いてくる。
コンテナ係は、非常に気配りを必要とする作業なのだ。
だが、人間には限界がある。
キレのあるパスはそれだけスピードもあるので、キャッチする手への衝撃がハンパない。
だんだん握力が落ちていくのが目に見えてわかった。
そうなると、コンテナにカボチャを入れる際、思わず高い位置で手を放してしまい、ガシャーンという大きな音を立ててしまうことも少なくないのだ。
「そっと置いて?」
注意された僕は振り返った。扇風機おじいだ。
あっ、はい、すみません。
99%ていねいにやっているのに、1%のちょっとしたミスを指摘される典型例。
まぁ、注意するのはわかるけど、どうも釈然としない。それは、扇風機おじいだからだと思う。涼しそうなんだもん、おじい。
扇風機おじいのありがたーいお言葉を胸に、汗まみれ土まみれになりながらコンテナにカボチャを入れていく。
正午になり、1時間の昼休憩だ。ああ、やっとお昼か。
朝の集合場所に戻り、車の中で昼食をとる。食中毒対策のためクーラーボックスに入れていた冷え冷えのお弁当は、むしろ熱にやられた体にとって好都合だった。
お母さんありがとう。こんなに冷ご飯がおいしいと思ったことはないよ。
昼休憩も終わり、午後の部が開幕。
やっぱり休憩って大事だね。エアコンの効いた車内で休んだおかげで、体力もだいぶ回復した。
引き続きコンテナ係に任命されたので、ちょっきん係とうまくコンタクトを取りながらカボチャさんたちを収納していく。扇風機おじいの小言もない。我ながらたった半日で手慣れたもんだ。
ところが、予想外の事態になる。
午後4時ごろになると、涼しい風が吹き始めた。暑さにやられた体は喜んでいたが、よく見ると空に暗雲が立ち込めている。
しばらくして、頬に水滴がぴしゃり。雨だ。
だが、小雨程度なら問題ないらしく、キリのいいところまで続けることになった。そのほうが僕も楽だ。
「小雨程度」なら問題ない。農家さんがそう判断した直後、空は急に機嫌を損ね、絵に描いたような土砂降りとなる。それはそれは激しく降った。ずぶ濡れになったので、すごく不快だ。
こうなってしまっては続行不可。午後5時終了予定の作業は、30分ほど早く切り上げられた。
30分削減された給料を受け取り、どっろどろのべっちゃべちゃで帰路に就く。タケオキクチの白Tは、汗と泥と雨にまみれ、見るも無残な姿になってしまった。まぁ、もう首元がヨレヨレだったから別に構わないんだけど。
家に着き、茶色のタケオキクチを軽く洗い、満身創痍の我が身を浴室に放り込んだ。疲れ果てた体に温かいお湯が染み渡る。渾身のババンババンバンバンを叫びたくなるような癒しの時間だ。一日お疲れ様、自分。
しっかし、大変な一日だった。
汗だくになるわ、足はパンパンで痛いわ、大雨に濡れるわ、散々な目に遭ったなぁ。これ、あと4日も続けられるか?
「もう行きたくない」と半分本気で思った。
それを聞いた母は、ただただ大笑いしていた。
(つづく)