ナースの卯月が魅せたもの【卯月 読書感想文】
読書感想文シリーズ。今回は、秋谷りんこさんの『ナースの卯月に視えるもの』(通称『卯月』)。
5月6日のnoteのYouTube配信(新川帆立さん×秋谷りんこさんトークイベント)を観て感動し、「あ、この人の書いた小説が読みたい」と思ってそっこー予約した。
ただ、試され過ぎる北の大地の真ん中らへんに住んでいるせいか、届いたのは発売日の3日後とかだった。まあいい。同じタイミングでポチッたブックカバーをセットして、じっくり読もうではないか。
しかし、新型コロナウイルスに感染したことで自由時間がめちゃくちゃ増え、結果的に一週間足らずで読み切ってしまった。←デジャヴ
心がキュッとなる素敵な作品なので、遅ればせながら感想を述べたいと思う。
※ちょっとネタバレあるので、未読の方はひととおり読んでからまたおいでください。
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主人公・卯月がナースというだけあって、看護師の仕事ぶりがリアルに伝わってくる。著者の秋谷さんは元看護師で、その経験が存分に発揮されているというわけだ。
まず、看護師目線というのが新鮮。でも看護師って、仕事が終わったら帰って家で適当に食事を摂ったり、マックとか居酒屋とか回転寿司とか行ったり、普通の会社員と変わりない。人間なんだからミスだってする。
看護師とか医師とか医療従事者ってワンランク上の生き物だと思っていたけれど、良い意味で完璧じゃないんだな、って思えるくらい描写がリアルだった。
登場人物の設定もしっかりしている。
卯月や同僚の看護師、入院している患者とその関係者、「思い残し」とその関係者など、登場人物はたくさんいるものの、その誰もが実在する人間を思わせるリアリティである。個人的には、御子柴主任が推しです。
特筆すべきは、登場人物に悪人が少ない。秋谷さん本人が「悪い人を書けない」とおっしゃっていて、読んでみると本当にそうだった。物語の性質上、犯罪者も何人かいるのだが、犯罪に走った経緯も示されている場合がある。すると、(もちろん犯罪はダメだがそれは一旦置いといて、)一人ひとりの事情や心情が手に取るようにわかるので、人間性に深みが出る。こういう人間の表現力は、なかなか真似できるものではない。
最も印象に残っているのは、『5 ありのままを受け入れて』だ。入院患者の笹山さんは嚥下障害(飲み込みができないので口から食事ができない)なのだが、見舞いに来た娘が勝手にお赤飯のおにぎりを食べさせようとするシーン。思わず「お前なにしてんの!!」と声が出てしまった。感情移入しすぎである。結果的に御子柴主任のおかげで事なきを得たのだが、笹山さんの娘に悪気はなく、むしろ可哀想に思えるところがあった。そういう「一見悪人だけれど決して悪人ではない人」がとてもリアルで、感情が忙しかった思い出がある。
また、卯月の所属は、長期療養型病棟というただ病気や怪我を治すだけではない、ある意味特殊な職場。病棟の説明や医療用語などは、決して簡単にわかるものではないはずなのだが、受け取りやすい表現になっている。本作が卯月の一人称小説だからかもしれない。卯月を通すことで、「看護師さんが一つひとつていねいに教えてくれている感」がある。
一方、『3 苦しみと目を合わせて』では卯月の過去が生々しく表現されており、読んでいるときは自分のことのようにつらかった。それまで半分ガイドのような役割をしていた卯月が、過去パートでは完全に自分の闇を広げている。急に光景が色を失くしたように錯覚した。
ということは、過去パート以外の部分は色鮮やかに伝わっているのだ。本に印刷されている文字の色は白と黒しかないはずなのに、だ。カラフルな小説を書けるのは、シンプルにすごい。
考えてみれば、各パートで季節も違う。病棟内のシーンが多いのに季節がわかりやすく伝わってくるのは、風景や服装などの描写がていねいだからだろう。夏は暑そうだし、冬は寒そうだし、といった具合である。お風呂介助は季節によって懸念の種類が違うことも、「暑」と「寒」の書き分けができてこそ理解しやすい。
きっと、読み手に伝わるように一生懸命考えたんだと思う。秋谷さんのその真心みたいなものが、文字にしっかり注ぎ込まれている気がする。
風景や専門用語一つひとつの描写がていねいでわかりやすく、かつ登場人物一人ひとりのプロフィールがしっかりしていて、とてもリアル。いろいろな感情がパチパチ弾けるような読み応えの作品だった。
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『卯月』を読んで感じたのが、「人の数だけドラマがある」ということだ。主役だろうが脇役だろうが、それぞれに歴史があり、事情があり、信念がある。
それは、現実も同じだ。どうも自分以外の人が立派に見えてしまうこともあるだろう。でも、短所や悩みのない人などいなくて、皆それぞれなにかが欠けていたり、なにかを背負ったりして生きている。
卯月だって「『思い残し』が視える」という特殊能力を持っているが、視えるようになった理由を知れば、必ずしも良いことではないとわかる。
そんな人間の弱さ、そして強さを教えてくれた『卯月』は、紛れもなく名作だ。秋谷りんこさん(および関係者の皆様)に感謝を述べ、本棚の殿堂入りリストに『卯月』を仲間入りさせよう。
素敵な本をありがとうございました!!!!!
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