伝説の救世主は野菜嫌い【ショートショート】
気づいたときには、見覚えのない場所にいた。
目の前にはそびえ立つ十字架、僧服を着た初老の男性、そしてどこからか聞こえてくるパイプオルガンの音色……
ここは……どこだ?
「目が覚めたか」
僧服の男性が声をかけてきた。
「ここはどこだ? なんで俺はここに?」
「混乱するのも無理はない。お主は、魔法の世界・ホンキックワールドに転生してきたのだ」
「なんだって! まさか、異世界転生ってやつか!?」
「そういうことだ。私の名はカーン・ダイシン。私がお主を召喚したのだ」
「なんで俺を?」
「ホンキックワールドには、
『異世界より現れし者 奇異なる魔法を司る救世主となりて 闇の魔王を打ち倒し この世界を救う』
という言い伝えがあってな。伝説の救世主を召喚する儀式をしたら、お主が現れたというわけだ」
「つってもなぁ、俺ただの高校生だし。魔法なんか使えないぞ」
「安心してくれ。ここルイーダーマ神殿でお主を魔法使いに転職させる。お主、名はなんと申す?」
「俺は口卜 漆楠だ」
「それでは漆楠よ。目を閉じ、そして祈るのだ。『魔法使いになりたい!』と」
俺は目を閉じた。そして祈った。
(魔法使いになりたい!)
「おお! 神よ! この者を魔法使いに転職させたまえ!」
カーンが、声高らかに叫んだ。
♪テーレーレーレーテーーテーーテーー(パイプオルガンの音)
「よし! これでお主は魔法使いだ!」
「ありがとう! で、どんな魔法が使えるようになったんだ?」
「いや、お主はまだレベルが低い。レベルを上げなければ魔法は使えるようにはならぬ」
「レベル上げか……じゃあ神殿の外にいるモンスターをやっつければいいんだな?」
「いや、吐くほど嫌いなものを食べてもらう」
「は?」
「古文書によると、伝説の救世主は野菜が嫌いとあったのでな。ほれ、ここに神殿の裏で採れた野菜があるから、これを食べよ」
そう言って、カーンは大量の野菜が入った段ボールを俺に寄越した。古文書になんて書いてあったのか知らんが、俺は野菜が大嫌いなのだ。
「嫌だよ。ていうか、なんでレベル上げがそんなシステムなんだよ。なんだよその『魔法をつかうには、吐くほど嫌いなものを食べなくてはいけない』という制約」
「文句を言うでない! ちゃんと食べないと強くなれないのだぞ!」
「実家の母ちゃんかお前は! それに、嫌いなものを食べたとして、魔法が使えるようになったかどうかなんてわからないだろ!」
「心配には及ばん。新しい魔法を習得したら、この呼び出しブザーが音と振動で教えてくれる」
「なんでフードコート方式なんだよ」
「ええい、口の減らぬ救世主だな! いいから食べるのだ!」
カーンは、大ぶりのトマトを掴み、俺の口にねじ込んだ。
「やめっ! ふぁふぇふぉっふぇ! んぐっ! ふがっ! オロロロロロロロ」
ピピピピ、ピピピピ(ヴーーーン、ヴーーーン)
「おお! さっそく魔法を習得したようだな! さすがは伝説の救世主だ!」
「かはっ、よく言うよ……で、どんな魔法が使えるようになったんだ? 攻撃魔法か? それとも回復魔法か?」
「いや、『体から実家の匂いを発生させる魔法』だ」
「……は? それがなんの役に立つんだよ?」
「そこまではわからぬ。しかし、これだけでは心許ない。もっと多くの魔法を習得してもらわねば」
「おい、まさかこの野菜を全部……」
「食べてもらう。次、ミニトマト!」
「ぎゃー!!!!!」
こうして、俺のレベル上げが始まった。
「ふがふが、んぐっ! オロロロロロロロ」
ピピピピ、ピピピピ(ヴーーーン、ヴーーーン)
「よし! 『意中の相手とばったり遭遇する魔法』を習得したぞ! 次、ナス!」
「ふがふが、んぐっ! オロロロロロロロ」
ピピピピ、ピピピピ(ヴーーーン、ヴーーーン)
「よし! 『かけた相手が固いところに足の小指をぶつける魔法』を習得したぞ! 次、インゲン!」
「ふがふが、んぐっ! オロロロロロロロ」
ピピピピ、ピピピピ(ヴーーーン、ヴーーーン)
「よし! 『かけた相手の発汗量が100倍になる魔法』を習得したぞ! 次、キュウリ!」
「おい! 全然使えねー魔法ばっかじゃねーか!」
「そんなの私が知るか! 黙ってキュウリを食え!」
もはやカーンが闇の魔王かもしれない。
「ふがふが、んぐっ! オロロロロロロロ」
ピピピピ、ピピピピ(ヴーーーン、ヴーーーン)
「よし! 『かけた物の輝きをなくす魔法』を習得したぞ!」
「もう嫌だー! 助けてくれー!」
◇
闇の魔王を倒すのは、びっくりするほど簡単だった。
「意中の相手とばったり遭遇する魔法」のおかげで、神殿を出てすぐに闇の魔王とエンカウントした。闇の魔王ってエンカウントするもんなのか?
そしてすぐに戦闘となったわけだが、「かけた相手が固いところに足の小指をぶつける魔法」の効果が凄まじく、闇の魔王は悶絶して1ターン目から行動不能になった。
さらに「かけた相手の発汗量が100倍になる魔法」によって、闇の魔王は小指をぶつけた際に滝のような汗をかき、脱水症状を起こしていた。
続けて「かけた物の輝きをなくす魔法」を闇の魔王の瞳にかけたことで、奴の目から光が消え、戦意をかなり喪失していた。
とどめとなったのは、まさかの「体から実家の匂いを発生させる魔法」だった。闇の魔王にとっては耐え難いほどの悪臭だったらしく、それまでの魔法の効果も相まって、奴は最終的に降参した。実家の匂いが決定打になったのは複雑だが、とにかく闇の魔王を倒すことができた。
ルイーダーマ神殿に戻った俺は(といっても神殿の前で戦ったわけなのだが)、カーンに報告した。
「おお! よくやった漆楠よ! さすがは伝説の救世主だ! これで世界は救われるだろう!」
「それはいいんだけどさ。俺、もう元の世界に戻っていいよね?」
「うむ、もちろんだ」
「で、どうやって戻るんだ?」
「それはだな、この呼び出しブザーでお主の母君に電話して迎えに来てもらえ」
「すごいな呼び出しブザー」
(おしまい)
このショートショートは、本田すのうさんの企画「#下書き再生工場」の参加記事です。
すのうさん、楽しい企画をありがとうございました。
再生したのは、乙川アヤトさんの「魔法をつかうには、吐くほど嫌いなものをたべなくてはいけないという制約。」という下書き(アイデア)です。
乙川アヤトさん、素敵なアイデアをありがとうございました。