
【SS】寒い冬には
(居る…)
気配がある。
時間は、日を跨ぐ頃。就寝準備が済み、部屋へと向かう途中、存在を感じた。
認識しながらも、何もせずそのまま戸を開いた。
部屋の中央には予め用意していた一流れの布団があるのだが、それが丸く膨らんでいた。
「何やってるんだ。」
一声かけると、もそ、と僅かに動いた。
どうやら山は息を潜めているようだ。
戸を閉めて山の傍に座り、再度、声を掛けた。
「何、してる?」
問いかけながら指で山肌を少しなぞってみると、焦ったように山の主は姿を現した。
「ふ、とん、を温めてあげてたんだよっ。」
篭っていたからか、火照った顔した山の主は俺を見上げ、布団の端を掴みながら小声で叫んだ。
「なんだそれは。」
必死な顔をして慌てながら言うのが可笑しくてつい眉間に力が入りながら笑ってしまう。
「今日は寒いからっ。」
「そうか。それはどうも。」
「へへっ。」
礼を述べると山の主はへらっと顔を緩ませた。
「じゃあ、俺は寝るから。」
「…。」
「もう夜遅いぞ。」
「…。」
「温めご苦労。」
「…。」
山の主の眉は俺が話す度に八の字に傾き、唇は尖ってきた。顔も少しだけ反対側を向いている。
しばらく無言でいると、ゆっくりこちらを向いた。
視線を交わしていると、床についていた方の手の指を握られた。それを目で追っているところで、山の主は口を開く。
「…寒いなぁ。私のお布団…。」
交わしていた視線は逸らされていた。尖った口はもごもごしている。
「そうだな。」
からかいすぎたか。ここでやめておこうか。
そう思ったが一足遅かったらしい。
逸らされていた瞳はキッと音が聴こえるような勢いでこちらを見てきた。
指を握っていた手は離れ、掛布団が捲られる。
手首をつかみ直し、引かれた。そのせいで身体は傾く。
もうひとつの腕が首に回り、更に引き寄せられた。
「早くお布団に入らないと風邪引くよ。」
優しい声音だ。怒ってはいないようだ。
倒れないように、空いている手で身体を支え、引き寄せる腕に従い、ゆっくりと身体を布団に預けた。
「我慢は良くないよ。」
ぱさっと掛布団が掛けられる。
自分の足を俺の足に絡め、小さく笑った。
「ほらね。もう足が冷たいよ。バレバレなんだからね」
「からかいがいがあるのがいけない。」
「そういうところだよ。」
くすくすと小さく笑いながら布団を掛け直している山の主の隣で、寝心地良い位置を探り当て、完全に脱力する。
次いで腕にはじんわりとした重さ。
おかげでさらに温かい。
「よしよし。」
再度足を絡められ、言いながら冷たい足をさすられる。
しばらくすると冷えた足はじんわりと温まり、腹部に回る腕も相まって程よい重みと程よい温かさで瞼が降りてくる。
腕の付け根にある、顔にかかる流れた髪を手櫛で整えてから少し抱き寄せると、隙間は無くなった。
「今日も、お疲れ様です。おやすみなさい。」
「ん。おやすみ。」
胸に僅かに響く小さな声の眠りの誘いに身を任せ、俺は意識を深く深く沈ませた。