夏の終わりに、君想ふ
夏の匂い。私には、許せない人がいる。臆病で強がりのあの人は、私によく似ていた。そんなあの人も、もういない。夏の風とともに、私の前を通りすぎていった。
「桜子の名前は、もう呼ぶことはない」
直紀は、私にそう言った。暗闇で掴んだ手は、あの時だけの幻になった。
祭りを彩る提灯の光も、和楽器の音色も、あの頃と変わらない。変わってしまったのは、私の方だ。
「ママ、取れたよ」
ヨーヨーを掴み、嬉しそうに笑う3歳の娘の顔に疑いはない。無邪気な笑顔をそのままに、幸せが続いてほしいと、私は微笑み、頷いた。
新しい家も車も、夫のおかげで手の中にある。周りよりも少し裕福な私たちは、きっと理想の家族だ。結婚して5年になっても、私は、変わらず夫に愛されている。
人混みの先には、直紀がいる。直紀もまた、幼子の手を引いていた。私に気がつくと、彼は一瞬だけ頭を下げた。
「知ってる人?」
夫が、綿菓子を頬張りながら聞いた。
「いいえ」
「そう」
直紀はすぐに消えていく。私たちの関係は、あの時だけのものだ。3年ぶりの祭りは、もうすぐ終わる。