『哀詩 エヴァンジェリン』ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー 感想
こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。
十七世紀末よりイギリスとフランスによって引き起こされた英仏植民地戦争は、互いの重商主義がぶつかり合い、争いの規模を広げて十九世紀初頭にまで及び、第二次百年戦争とも呼ばれます。軍事に長けたウィリアム三世が財政革命を起こして軍需を整えると、オーストリアやプロイセンと同盟を結び植民地支配を拡大していきます。対するフランスはルイ十四世が絶対王政による厳しい徴税で財政を確保します。しかし、激しい植民地の奪い合いは戦争を長期化させ、両国の財政を逼迫させていきました。イギリスが国債による確保を選択したことに対し、フランスは第三身分への徴収だけでなく、第二身分の貴族たちにまで生活を切り詰めさせたために反感を買い、国内の統制が崩れ始めて、その亀裂がフランス革命へと広がっていきます。新大陸アメリカは重要な植民地の一つとして世界中から移住されていましたが、イギリスが戦況を握り始めると「移民追放」を徹底していきました。それまでに北米へ移り住んだ人たちは、侵略されるようにそれまでの生活を奪い取られ、猶予もないままにその地から離れることを強制されました。一夜にして幸福な生活を奪われた住民たちは、行くあてもなく大陸を移り歩くことを強いられます。
ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー(1807-1882)はアメリカ合衆国北東部に位置するメイン州のポートランドで弁護士の父の元に生まれました。また、母方の父親はアメリカ独立戦争にて将軍を務めた人で、家系としてイギリスからの移民でした。幼い頃より文才に恵まれ、その才を伸ばす環境も整えられており、僅か十四歳にしてボウディン大学へと進みます。そこで出会ったナサニエル・ホーソーンとは、以後の人生を友人として過ごします。ボウディン大学の教授となったロングフェローは、ヨーロッパ諸国を言語研究の目的で旅をします。ラテン語にも精通して、アメリカにおいて初めてダンテ・アリギエーリ『神曲』を翻訳するなど、言語学者として活躍を見せました。
1840年にボストンで晩餐会が開かれました。ホーソーンと共に参加したロングフェローは、そこに居合わせた牧師との談話で、アカディア(メイン州東部のフランス人移民が名付けた地)で結婚式当日の夜に移民追放によって別れさせられた男女の話を聞かされました。この話に閃きを覚えて書き上げた作品が本作『哀詩 エヴァンジェリン』です。事実として、1775年にアカディアの人々は、当時のイギリス王ジョージ二世の命によって移民追放を受けました。彼等は、英仏両軍に武力対抗しないカトリック信仰をもつ「中立を保つフランス人」であったため、最終的には抗わずに追放を受け入れました。しかし、実際にはイギリス王からのそのような指示は存在せず、虚偽による不正な土地の強奪であったと考えられています。彷徨った彼らはルイジアナやニューオーリンズなどの、他のフランス植民地へと逃れていきました。
作品の舞台は北米全土に渡ります。アカディアの裕福な農家の娘エヴァンジェリンが婚姻の契りを結び、最愛の者と幸福な生活を歩み始めようとする場面から始まります。教会に集められた男衆は牧師から移民追放を伝えられて、憤りと悲しみに包まれて聖歌を歌いながら悲嘆に暮れました。花婿であるギャブリエルが出立すると、彼女は虚無に苛まれます。愛の高まりを時が鎮めることはなく、抑えきれなくなった想いを胸に、彼女はギャブリエルを追いかけるために旅立ちます。ミシシッピ川を下ってルイジアナ州を通り、西部のステップを横切る大移動です。
道中に出会う彼の痕跡、人々の噂、そして神の知らせは、彼女の抱く愛を守るように暖かく後押しをします。しかし、手に届くような際にまで近付きながらも、痕跡は途絶えてしまいます。一つの愛を守り通すエヴァンジェリンは、出会う望みが薄くなり、何十年と時が過ぎようとも、ギャブリエルを想い続けます。この姿に読者は、清廉で潔白な魂を見出します。年老いて見た目に変化が起きても、心の美しさはより一層激しく読者に映ります。
求め合う二つの魂は、二つの身体を悲劇的な再会へと導きます。しかしそれがどのような辛さであろうと、それ以上の幸福を二人は感じ取り、聖的な力へ感謝を述べ、最愛の幸福を互いに得ることができました。この絶対的な神への信仰心は、最期の二人の出会いによって非常に清浄なものへと昇華されます。欲を払拭した深い愛が、読む者の心を悲しみで打ち、後の余韻を清々しい虚無感で満たします。
この叙事詩はアメリカにおいて、初めてカトリシズムを肯定的に描いた文学でもあります。1783年にアメリカ独立戦争を終えると、急速なフロンティア開拓が行われて僅か数十年の間に全ての土地が文明に支配されました。国としての成長を目指すことで、功利主義が全面に打ち出され、民主主義という名の資本主義国家が構築されていきます。文化水準は高騰し、先進国と交渉を持つに至りました。しかし、人民の心に持つべき「心の清廉さ、潔白さ」が失われていった時代であるとも言えます。そこに、自らがイギリス移民の血を継いでいるという事実を背に、現在の進歩の犠牲となった追放された移民たちの無念と、その悲劇の最中に縋ったであろう神的存在を当時の人民へ提示したのではないかと感じました。
描かれた英雄的な男女の悲劇描写から、ただ一心の愛と、信仰による深い幸福は、只管に人間としての美しさを感じさせられる作品でした。深く静かで穏やかな虚無感を、ぜひ読んで体感してください。
では。
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