『父と子』イワン・ツルゲーネフ 感想
こんにちは。RIYOです。
今回の作品はこちらです。
1860年代はニコライ一世の弾圧政治を終え、アレクサンドル二世の自由主義的な政治へシフトしたように国民の目には映りました。貴族の夢想家や哲学者が幅を利かせていた世代が没落していく中、その子供世代は彼らの無気力を嘲笑しました。この新世代を大きく支持し、引率したのがディミトリー・ピーサレフという19世紀ロシアの文芸評論家です。
彼は道徳や芸術が持つ威厳を全て否定し、有用性のみを重要視する「レアリスト」いわゆる現実主義者を理想像として訴えた。芸術における感傷主義・ロマン主義などを全て否定し、プーシキンの詩さえ否定しました。
ピーサレフは『父と子』の登場人物バザーロフこそ「考えるレアリスト」であり、若い世代へこの人物の言動を啓蒙し、そして彼らを「ニヒリスト」と呼び、唯物論者であるよう説きました。こうして国家・教会・家庭の一切を否定する「ニヒリズム」が確立したのでした。
解説で工藤精一郎さんはバザーロフの特長をこう述べています。
この作品でツルゲーネフが書こうとした主題は「旧世代の貴族文化と新世代のニヒリズム」です。そして彼自身がニヒリズムである事から新世代を支持する、つまりロシア社会の改革には新世代のチカラが必要であると訴えています。そのチカラは家柄ではなく知識と意志と行動力を伴う若い世代であると。
この作品にはもう一人の主人公アルカージィという青年が登場します。バザーロフと友人で行動を共にします。彼もまたバザーロフの現実主義に強く共感を抱き、敬います。舞台は彼らが連れ立ってアルカージィの実家へ帰省するところから始まります。そこで待つのは優しい父と慇懃な叔父。この叔父こそ、バザーロフの対決相手となります。バザーロフは不遜で無礼な振舞いを高貴な叔父に披露します。やがてフラストレーションは高まって行き、思想の相違における口論が起こります。
バザーロフ側の実家へ二人で向かう場面もあります。この時のバザーロフが非常に情けない甘ったれに思えました。他者の家族には失礼千万な行いを「ニヒリスト然」としているのですが、なんと自身の父母を大切に想うことか。「彼こそ真のニヒリストだ」と言ったピーサレフの言葉は、結局若い世代に文芸を読むことでなら思想も伝わりやすいだろうという啓蒙道具に過ぎなかったのだと、そう思います。
アルカージィの言葉でこのような句があります。
ニヒリストに憧れていたアルカージィが大切な異性を持ち、家庭を築きたいと感じたその時、ニヒリズムよりも自分に大切なものを見つけました。つまりニヒリストとして国を動かさなければならないという「力以上の課題」から、異性を大切に想う「一つの感情」が彼を解き放ってくれたのです。
ツルゲーネフはニヒリストでありますが、作家として登場人物を、物語を、実に公平に描いています。だからこそ、彼らには生命が感じられ、感情が感じられます。このリアリズムな表現だからこそ、思想の対立・思想のあり方が鮮やかに読み手に伝わるのだと思います。
思想の対決シーンは緊張感が素晴らしいものです。未読の方はぜひ読んでください。
では。