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3分で読めるエッセイ|辻井伸行さんのピアノに恋して2 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第二番|


 
 昔チェロをかじったことがある。その頃から、いつか弾いてみたい曲の不動の一位に座しているのが、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番である。
 
 大好きな辻井伸行さんのピアノでラフマニノフの二番を聴きたい。音源を探した。なんと、佐渡裕さん指揮のものを店頭で見つけ、即決で購入した。
 
 第一楽章には、晩秋の夜が似合うと思う。
冒頭、透き通ったピアノの和音が曲の始まりを告げる。真っ暗な夜の闇の中、流れる川のようなピアノの旋律に合わせて鳴るのは、弦楽器の重厚な主題。木枯らしに吹かれ、むせび泣くように枝を震わせる老木の声を楽譜に起こすと、きっとこのメロディーが出来上がるのだろう。どうしようもない悲しみや、苦悩。人生に悩み迷ったとき、この旋律はいつも私の心に寄り添ってくれた。その弦楽器の憂愁な音色に寄り添うのは、あまりにも純粋な水滴の音。辻井さん渾身のピアノは弦楽器が奏でる主旋律の伴奏となる。夜の暗闇に語りかけるようにして、澄んだ川は流れていく。

 第二楽章の冒頭、夢の中にいるようなピアノの旋律。様々な楽器とまどろみながらお喋りをするようにゆっくりと曲は進んでいく。辻井さんが奏でたピアノの音は、生命を宿している。音それ自体が意識を持ち、感情を持って生きているように聞こえてならない。あまりにも純粋で繊細、それでいてしっかりとした芯があり、やわらかく強く、決して壊れない音。時に光、時に澄んだ水を連想させる音。お腹の中のわが子に語りかける母親のように、全てを受容する、あまりにも優しい別格の演奏だ。
 
 がらりと雰囲気が変わった第三楽章。様々な楽器たちの爆発力あるやり取りが、耳を楽しませてくれる。辻井さんのピアノが奏でる、黄金の糸のような旋律。全ての楽器たちが、辻井さんのピアノを軸に互いを認め合い、称賛する。暗い夜を一人で流れていた川も、静かに流れ続けて朝を迎える。時にまどろみ、時に爆発し、それでも流れることをやめなければ、私たちは昇る太陽を見ることが出来る。
―「おつかれさま」、「ありがとう」、「最高だよ」
楽器たちのそんな会話が聞こえてきそうだ。
合奏をしている間は、どんなに嫌いな人とでも心で繋がってしまうから不思議なものである。
 
 確かなことがある。
辻井伸行さんのピアノが大好きだ。
今までも、これからもずっと。
 
 
 

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