【シリーズ小説】城久間高校文芸部 活動日誌 卯月 其の一
**この小説は、小牧幸助様の企画「シロクマ文芸部」にて執筆した短編小説「私の居場所は、扉の中に」から生まれた続編となります。テーマとなる言葉からの書き出しではないため、シロクマ文芸部のタグは外させていただきました。シロクマ文芸部に敬意を表し、作品の舞台を「城久間高校文芸部」とさせていただきます**
それでは、本編をどうぞ!
城久間高校文芸部 活動日誌 卯月其の一
ここ北国では、桜は四月の終わりに咲く。城久間高校に入学したばかりの湊鳴衣は、真新しい制服に袖を通すと、いつも通り、襟足で、長い黒髪を一本に結んだ。坂道を、息を切らして自転車で登る。坂の途中の芝生にある、樹齢二百年とも言われる桜の古木の前で、自転車を止めた。桜の枝には、ようやく少し、蕾らしきものが目立つようになった。
「柊吾。私、文芸部に入ったよ。柊吾が書いた小説、私が引き継いで書いてみることになったの」
一緒に高校生にはなれなかった、親友の柊吾に祈る。柊吾は、毎年桜が咲くのを誰よりも楽しみにしていた。文学の神様に愛された柊吾の、書きかけの小説の続きを、鳴衣は引き継いで書くことになったのだった。そう、あの、破天荒な部活の、破天荒な部員たちの勧めで。
「あれれ? 湊ちゃん!」
文芸部二年の、瀬戸姫香が、満面の笑みで鳴衣にひらひらと手を振った。姫香は、縁にレースがあしらわれた、真っ黒な日傘をさしている。
「油断してるとお~、春って実は一番焼けるんだよね~! 私、絶対焼きたくないからあ~!」
相変わらずのギャル姿の姫香の肌は、確かに白く透き通っている。姫香は長身で、立ち姿が様になる。鳴衣はなぜか緊張が解けていくのを感じた。この人は、周囲の反応なんか気にもしていなくて、実はとても賢い人なのだと直感する。
「瀬戸さん、早いですね!」
「ちょっとね。授業前にやることあるから。ってか、瀬戸さんじゃなくて、姫香でいいよ」
「はい。姫香さん」
姫香がにっと笑うと、唇に銀色のピアスが光った。姫香は、再び手を振って、学校へと向かった。朝の祈りを終えた鳴衣も、後に続く。鳴衣の目下の課題は、クラスで浮かずに過ごすことだった。良すぎても、悪すぎてもいけない。空気のような存在でいたい。
何とか授業を終えると、部活の時間がやってくる。記念すべき初日。文芸部の部室の前で、鳴衣は深呼吸をすると、扉を開けた。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
真っ黄色な、レイカーズのユニフォームを制服の上から纏った、部長の坂下杏奈が、同じく三年の夏井健を相手に、バスケのディフェンスをしていた。ナイキのエアジョーダンが、床にこすれ、音を立てる。杏奈は、小柄なせいか、ディフェンスに苦戦していた。傍らでは、姫香と、こちらも二年の大渕淳が手を叩いて笑い転げている。
「これは失敬。今週末、バスケの試合を観に行くんだ。待ちきれなくて、シミュレーションをしていた」
杏奈は額の汗を拭った。付き合わされた夏井は、小さく笑うとため息をつく。
「もうわかっていると思うけれど、私はバスケおたくだ! スラムダンクは読了しているか?」
堂々と言われすぎて、むしろ清々しい。何度も頷く鳴衣に、杏奈は、わはは、と笑う。
「そうか、大変結構。湊。ようこそ我が文芸部へ!」
杏奈が右手を差し出すと、部員たちが全員、拍手で鳴衣を迎えた。鳴衣は、緊張の面持ちで、「よろしくお願いします」と、杏奈の右手を両手で包む。
「君の席はそこ、窓際の後ろだ。執筆用のパソコンも調達しておいた」
鳴衣が席につくのを待って、杏奈が板書を始めた。
「我が文芸部の活動について説明しよう」
「どうだ、湊。これが我が部の主たる活動だ。最初は少しハードかもしれないが、慣れると、毎日をとても興味深く過ごせるぞ」
「部長、ほんとそれっすね。湊ちゃん、俺も最初は苦労したけどさ、今は毎日が楽しいっていうか。まあ、俺には、川端康成の『雪国』があったから、何とかいろんなことを乗り越えられたっていうかさ……」
大渕が、ブルーグレーの髪を撫でながら、韓国アイドルのように鳴衣に微笑みかけた。
「あはは! 大渕さ、最初、ほんと全っ然書けなかったよね~! 小学生の作文かよってずっと思ってた~」
姫香が、大渕の頭をすこんっと叩く。
「大渕、前にも言ったろう、雪国雪国と、お前の趣味を押し付けるなと」
夏井が、貧乏ゆすりをしながら、渋い顔をする。
杏奈が皆に順番に視線を送り、微笑んだ。
「どうだろう、湊。我が部でやっていけそうか?」
「はい、とにかく、読んで書いてみます」
「いい心がけだ」
杏奈は何度も深く頷いた。
「湊はまず、好きな作品の精読から入ろうか。好きな作品の傾向を教えてくれ。もしわからなければ、図書室で探してもいいぞ」
鳴衣は、鞄の中から本を取り出した。柊吾が教えてくれた小説を。鳴衣は、小説を書いたことがない。しかし、読むことは大好きだった。
「ほう! シリーズものの王道ファンタジーだな! 我が部では珍しい傾向だ。それがいい」
杏奈は腰に手を当てると、皆を見渡した。
「では、早速活動を開始しよう。皆、集中していこう!」
杏奈は、部員たちに向かって手を叩いた。部員たちは頷くと、それぞれが自分の世界に没頭し始めた。韓国アイドルのようだった大渕は、笑顔を封印し、昭和の文豪が愛用していそうな丸眼鏡をかけた。姫香は、美しく巻いた褐色の長髪を、クリップでざっくりとまとめ上げた。夏井は、椅子の上に正座をし、将棋でも打つようにキーボードを叩く。部長の杏奈は、どこから出してきたのか、バスケットボールを人差し指の先で回転させながら、天井を見つめ、何かを真剣に考えているようだった。
部員たちの独り言が、部室に響く。鳴衣は、それを心地よいと感じた。鳴衣は、他の部員たちに気付かれないように微笑むと、手元にあるファンタジー小説のページを捲る。
鳴衣の冒険が、始まったのだった。
<次回へ続く>
小牧幸助様の企画として発表した小説が、新たな物語の種となりました。
シロクマ文芸部に深く感謝申し上げます。
シリーズものに挑戦するのは、初めてですが、書いている私も、冒険が始まったという気分で、これからどうなるのか、ワクワクドキドキしております。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
もしよろしければ、ご感想を頂けますと、飛んで喜びます。
それでは、今後もお付き合いいただけますと幸いです。
樹 立夏