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追いかけ続けるか?とどまって満足するか?
目指していた夢は叶ったはずなのに、なぜか次々とまた別の夢が現れる...どこまで行ってもこの繰り返しなのか?
人は、いつまでも何かを追いかけて人生を過ごす。それが幸せなのか?
それとも、目の前の現実に満足して、そこにとどまって、余生を過ごしていくのが幸せなのか?
・・・答えはわからない。
一言で言ってしまえば、人それぞれ。これは永遠のテーマかもしれない。
自分のことで考えてみると、
子供の頃から、僕の夢は「自分の店を持つこと」だった。弟と2人でいつもそう言ってた。それは今叶ってる。自分達の店を持つという夢は実現してる。でも店を持ったら持ったで、次は、「繁盛店にする」という目指すものが出てきた。ただ店を持っているだけでは自分の中で意味をなさなくなったからだ。
そして手前味噌だが、繁盛店にもなった。店の規模。立地からしても正直よくやっていると思う。週末には、1時間、2時間待って食事をしてくれる多くの方々で毎週溢れ返っている。そしてそれは、コロナ禍になってからも全く変わらない。心からありがたい限りだ。
でもまた、「ここでいい」とはなれない自分がいる。いや、もしそうなってしまったら、自分の人生がそこで終わってしまいそうな気がしているのか?・・・
とにかく、またさらなる次を目指す。いいことばかりではない。壁にぶち当たり苦悩もする。でも、
追いかけているものがあるから、勉強する気になるし、自分の未熟さも受け入れられる。
追いかけているものがあるから、失敗しても立ち上がろうと思うし、変化にも前向きになれる。
自分はそう信じている派だ。
もし追いかけるものがなくなったら、緊張の糸が切れてしまうような気がして、正直、その後の自分がどうなってしまうのか?少し怖い。
例えば少し視点を変えて、ジョギングに置き換えてみる。その日走るコースをきめて、ゴールを設定して走る時。ゴール付近になるとやたら辛く感じる。「もうすぐ終わり」だと、よぎった瞬間、急にしんどくなる。不思議だ。
ゴールがまだ遠い時は、無心で走っているからそんな辛さは感じない。むしろ気持ちがいいくらいだ。
これが人生の本質なのか?
常にゴールは先へ先へ設定している時の方が、精神面も、体の健康も調子が良い。
お店をやっている人はみんな、初めは「お店を持つこと」が目標だったはず。そしてその夢を叶えるため全力を注いでいた時期があった。そして叶えた。その時の自分を思い返してほしい。今思うと、信じられないほどのパフォーマンスを発揮していたはず。
そろそろまとめよう。
自分の夢を叶えた時。その後に新たなゴールを設定しなおせているか?
シンプルなことだけど、ここがその後の人生に大きな影響を与えるんだとしたら、
自分は今、新たな目指してるものがあるか?今、そこに向かっている途中か?それが曖昧になっていないか?もう一度問い直してみよう。
ゴールは誰にも言う必要はない。なぜならもし、明日その内容が全くちがうものに変わってもいいからだ。
先のゴールが「ある」ということ自体が、重要なんだ。内容は二の次だ。
だから、誰かに話したり、自分の中で決めすぎてしまうと、修正するときのコストがかかりすぎてやがて重荷になるからやらない方がいい。
繰り返しになるが、自分の中でだけでいい。そこへの行き方は現時点でぜんぜん見えなくてかまわない。とにかく先へ先へと、ゴールが「ある」ということが重要だ。
という今日のアウトプットでした。読んでくれた方ありがとうございました!
※
名古屋コーチンのペペロンチーノ
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