モノローグでモノクロームな世界
第十部 第四章
三、
「マトビ、ケイが最後に話した事、覚えている?」
「あぁ。」
エレベーターに乗り込む直前、彼はTheBeeを破壊する暗号をその手にしっかり握ると彼に告げた。
『それでも僕は貴方が創ったこの歪な世界を愛していました。
貴方にとって、ここは復讐のために築いた未完成な世界だったかもしれない。
でも、この世界だったからこそ、出会えた人が居て、この世界だったからこそ、沢山の事を学べたような気がします。
何より、僕はここで沢山の思い出を刻んできた。
その思い出は、たとえこの世界が消え去ろうと、僕の胸に、記憶に刻まれ続ける。
本音を言えば、僕はこの世界に満足をしていた。疑問を挟まない程に。
でも、無菌室のように壁に閉ざされた世界から、僕らは次に進まなければならない。
歩き続け、そして道半ばで消えていった人々の足音を僕は聞いてしまった。それを無碍にする事はできない。
その中には、父も母も、マドカも、副島博士も居る。
サカイやワームに辿りつくことなく無惨な最期を遂げた者達も居る。
彼らが僕に言うんです。
道を歩み続けろ、と。その足で大地を踏み、明日へ向かって歩きだせと。
元来、僕は事勿れ主義でここまで生きていた。
未だってこんな事を出来る性格じゃない。引き返そうとしてしまう自分も居る。それに、この選択が正しいのか、それとも間違っているのか僕には、はっきりとこれが正解だと言える答えが分からない。
でも、その判断を下すのは、僕でも無ければ、貴方達でも無いのかもしれないと思ったんです。僕らのもっと後に生きる者達が行うのかもしれないと。
もしかしたら先の未来では、僕やワームの人々が行った事に対し、人類を絶滅の危機にさらした危険な事として認識がされているかもしれないし、またその逆だってありえる。
僕らはこの長い時の中での、たった一点に過ぎない。それでも僕らが歩いているこの時は、紛れもない一瞬の時を、歴史を創っていく。そして、未来の彼等も過去の彼等も、歩き続けていくし、歩き続けなければならない。間違ったことを修正し、皆にとって良い方向を模索しながら。
僕らはそうやってしか生きれない。だから、立ち止まっているこの世界はやはり、おかしいと思う。
無関係なんかじゃない。誰一人として、生き続ける限り、この世界の歴史の一点には変わりないんだから。』
「留まり続けようとした私は、彼から見れば、世界の創造主として失格だな。」
「マトビ、私は貴方から得た似鳥李鳥の思考、行動をトレースしただけの機械です。だから、私には彼女が本当のところは何を考え、何を思っていたのかの全ては計り知れない。だけれど、あの子はとても孤独で、この世界で本当にちっぽけな存在であった事だけはわかった。
貴方が李鳥の事を大切に思っていた事も、李鳥が貴方の事を大切に思っていた事もわかった。
貴方にとって、ここは李鳥を殺した世界に対する復讐の場であると共に、
李鳥の思い描いた理想の世界を実現する場所でもあった。
誰も傷つけない安心安全な世界。
誰にも傷つけさせない安心安全な世界。
思考しなければいい。
感情を持たなければいい。
全てが限りなく平坦な世界。
どこまでいっても何にも染まらない、ただ白が続く世界。
それが、この世界。」
「あぁ。ここは私にとって、そして李鳥にとって理想の世界であるはずだった。
だけど、君は、李鳥は、こんな世界が嫌いだと、つまらないと、
そう言うのだろう?」
『だって、まるでこの世界は鳥籠のよう。
こんな世界、退屈だって、そう思わない?
私の羽はもう、捥げてしまったけれど、真飛ならまだ飛べる。
だから、私の翼を貴方にあげる。
役立たずの片翼だけれど、また飛び方を思い出せるように。』
パンという乾いた音と共に、副島彰吾が撃ち放った弾丸は、的確に神代真飛の額を撃ち抜いていた。
『ごめんね、沢山、傷つけて。
ごめんね、沢山、心配をかけて。
それでも貴方と見たあの夏の景色は、今まで見た景色の中で、
一番綺麗な光景だったよ。』
どういう仕掛けは分からないが、リトリと神代が呼んでいた機械は、彼の死と共に、その瞳から光を失った。
『大丈夫だ。世界はどんなであれ、歩み続けていくから。』
神代真飛は、最後にそう言い残し、静かに息を引き取った。
副島は、二人の亡骸をそのままにし、地下の白い部屋を出た。