モノローグでモノクロームな世界
第十部 第四章
一、
「神代真飛、久しぶりだな。」
「・・・・・・君は、確か副島博士の孫か。」
「よく覚えていたな。それにしても、あんた、あれから全く変わってないな。気味が悪いくらいだ。」
「私は年が取れないんだ。」
「そりゃあ、こんな地下深くにいれば、どんな人間だってそうなるだろうよ。」
副島は、そう言いながら彼の隠れ家をぐるりと見回した。
真っ白な壁に真っ白な家具。窓も無い部屋は一面、白く、色に溢れていたダームシティと対照的だった。もしも、この部屋が十月国にあったならば、違和感は無かっただろう。だが、ダームシティを彩る沢山の色を道中、その目に映してきたばかりの彼には、無彩色のみで形作られるこの空間は、違和感として映った。
「こんな場所でも、壁の中ごっこか?」
「私にとっては、この環境が一番落ち着くんだ。君と違い、私は色を喪った。このダームシティも私の目には無彩色に見える。分からない物を側に置くのは、好まないからね。
それにしても、よく私の居場所が分かったな。」
「十月国のサカイで聞いた。あそこが、ワームの本体とどうやら強いつながりがある事は、度々の検閲で判明していたから。」
「あぁ、成る程。君はやはりまだ検閲官だったんだな。
それで何用か?君に託した副島博士の論文に触発されて、ワームに入りたいという理由ではないのだろう?・・・・・・その手に握られた拳銃から察すると。」
「俺はあんたを止めるために、ここに来た。ナインヘルツの本体を動かしているのはお前なのだろう?」
「なぜ、そう思うんだ?」
「中に入ってわかった。支部の上層部ですら、ナインヘルツのトップの存在を誰も知らない。確かにナインヘルツからの指針により、世界中の支部は運営している。だから、それを出している誰かは居る。だが、その存在の詳細を誰も知らない。そして、それらは、全てここダームシティを経由して発信されている。それも、ワームが使っているコードと同じ物だ。
サカイでお前の所在を聞いた時に、全てが繋がった。教えてくれ。最初からナインヘルツなんて組織は無かったのか?」
「西暦が終わり、衛生歴が出来た直後は、確かにナインヘルツという組織は機能していた。今の世界のシステムの原形を造ったのは、ナインヘルツだ。地下シェルターからでた残された人々は、それぞれの文化圏を考慮し、世界を九つの国に区切り、その上の機関として、ナインヘルツという組織を築いた。
ナインヘルツの主な役目は、人々が安全に、そして安心して生きていけるようにする。ただ、それだけだった。
その為に、初期のナインヘルツは、汚染された空気の浄化から始まり、限られたエネルギーや食糧資源でどういう風に生存ができるのかを常に研究し、必要なシステム、必要なルールは次々と実用化させていった。
今日の世界を創り、今まで人類が生きてこれたのは、初期のナインヘルツの功績による所が多い。
だが、その過程で思わぬ事が起こったのも、また事実だ。そして、それにより、今の行き過ぎた管理社会が出来上がった事も。
ナインヘルツの指導の元、各国が順調に復興を遂げていた頃の事だった。
当時のナインヘルツの誰もが思っていた。あの惨禍から生き残った人々は、皆、新しい世界に希望を持ち、生きる事を望むはずだと。実際に、多くの人々はそうだった。
だが、少なからず、現実に広がる世界に希望を見いだせず、せっかく助かった命を自ら摘む者が居た。
君は、ウェルテル効果を知っているか?」
「いえ。」
「簡単に言えば、自殺者の報道などにより感化された者が同じ行動を取るという説だ。
ナインヘルツは、徐々に増えていく自殺者の背景には、この事態が関係しているのではないかと危機感を高めた。当時は、復興の真っ最中だ。今のような人口数もいない。ただでさえ、少なくなった人口がもっと減ってしまえば、もう国として、世界として成り立たなく可能性がある。そこで、報道の規制と共に、こういった事態が起きないように、原因を取り除くことにした。それが、感情抑制コントロールであり、トリプル・システムだった。
賛否両論はあった。当時も。だが、少なくとも初めはよかれと思ってやった事だった。
・・・・・・あの惨劇も、自国を守るために押したのだと、ボタンを押した者達は口を揃えていうだろうな。それと同じ事だ。
あの頃、ナインヘルツのかじ取りを実質行っていた者達は、もうこの世界には居ない。中でもトリプル・システムの感情抑制コントロールを導入する事を強く望んだ彼は、皮肉にも、死の華を患い、自分の体が未知の物に犯されていく恐怖に耐えきれず、出来たばかりのナインヘルツの本社から飛び降りた。
屋上に立った彼があの時、何を思ったのかは私にはわからない。その後も、次々とナインヘルツを動かしていた者達が立て続けにこの世から去っていった。後継を整える時間も無い程に、次々と様々な理由でこの世から消えていった。誰かが言った。この組織は呪われていると。我々は神に近づきすぎたのだと。
そう話していた男も消え、気が付けば、ナインヘルツを知る者は私と副島博士だけになっていた。君も知っての通り、我々は彼らが立て続けに消えていったあの頃には、既にナインヘルツから抜けワームを創っている真っ最中だった。我々を追っている筈のナインヘルツがそんな自体になった時、我々は、外から彼らを見守った。きっとナインヘルツは我々を追う処ではなかったのだろう。結局、私も副島博士もナインヘルツの一員のまま、処分されずに残されてしまった。」
「じゃあ、俺の両親は・・・・・・。」
「ワームに逃げた副島博士の行方を追っていたのは事実だ。確かに最初は、粛清の為だったかもしれない。だが、途中からその目的は変わっていたはずだ。ナインヘルツを存続させるためにね。」
「そんな・・・・・・。」
「とにかくナインヘルツを知る者が私と副島博士だけになった時、我々は、この組織をたたむ事を考えた。実権を九つの国の代表に任せ、ナインヘルツという組織を失くす。だが、またあの惨劇を繰り返すだけだという声がそれぞれから起こり、その案は結局実現することなく消えてしまった。
事実上解散状態にあるナインヘルツの持つ権限をワームに移す案もあったがそれも実現することなく消えた。当たり前だが、混乱をきたすだけなのは目に見えてわかっていたからな。
結局、組織としての、あるいは権威としてのナインヘルツという機関はそのまま残すこととし、徐々に実務的な権限を各国及びその国に付随する衛生委員会に移すことで、私はナインヘルツ共々引退という形を取る事にした。」
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