ゆたかさって、なんだろう ー じいちゃんが教えてくれたことー
祖父の名は、「豊」(ゆたか)という。
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豊じいちゃんは、すごい。
御年・82歳。
朝は 5 時に起き、 2時間の散歩と体操へ出向く。
朝のごはんは茶碗 2 杯、ペロリとたいらげる。
毎日の軽い筋トレも欠かさない。
世界中の人の中で、控えめに言っても健康レベル 上位 20%くらいには食い込みそうなほどの健康体だ。
頭だって、良い。
豊じいちゃんは毎日図書館へ行く。*
さまざまなジャンルの、新しい本を読み続ける。
英語を勉強する。
娘から譲り受けたタブレットでニュースを読み、孫がセットした Google Nest Hub を使いこなす。
1日を「OK Google, おはよう」で始める 82 歳。
歳相応なのは、白髪頭で、目尻の笑い皺が濃いところくらいなものだろうか。
じいちゃんは、すごい。
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豊じいちゃんは、「倹約家」でもある。
じいちゃんは、無駄なものを買わない。
自分の装飾品を買ったのを見たことも、聞いたこともないくらいだ。
ばあちゃんがじいちゃんのために買った服や、何かでもらった帽子を、ボロボロになっても着続ける。
娘(母)や孫に「そろそろ新しいのに代えたら」と言われ、新しいものをプレゼントされるまで、使い続ける。
本は図書館で借りて読むし、運動は公園や街をつかっているから、ただ。
酒もタバコもしない。
食事はばあちゃんの手料理が一番といい、外食も好まない。
日常を幸せに生きるのに、大きな金はいらないことを証明するような生き方。
じいちゃんは、あったかい。
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豊じいちゃんは、「ケチ」ではない。
普段全然お金を使わないじいちゃんが、思いきりよくお金を使うものが2つある。
旅と、学びだ。
じいちゃんは、旅が好きだ。
今でこそ頻度は減ったが、つい数年前まで、日本も、外国も、いろんなところへ足を運んでいた。
贅沢尽くしの旅ではなく、じいちゃんらしい、素朴な旅。
宿にとまり、街を歩き、地元の食事を楽しむ。
サラリーマンとして定年まで勤め上げてからも、じいちゃんの旅は続いた。
古い SONY のデジカメで撮った写真には、結構な頻度でじいちゃんの指が写り込む。
それを見つけて笑いながら、「ここはどこ」「ここの歴史は」なんて、じいちゃんが嬉しそうに語るのを聞くのが大好きだ。
じいちゃんがもう一つお金を使うもの。
それが、学びだ。
自分のも、家族のも。
学びを、一番に大切にする。
じいちゃんは、 50 歳を超えてから教習所に通い、自動車免許を取得した。
初孫(私)が生まれた娘夫婦のもとに、自力で通い、育児を手伝えるようにするためだ。
70歳になってから、パソコン教室にも通った。
英語も勉強し続ける。
一人娘である母は、「小さい頃から本しか買ってもらえなかった」と言って笑う。
孫娘の私にはもう少し甘かった気がするけれど、たしかに本だけは、「読みたい」と言ったら必ず買ってもらえた。
その度に、「本が好きか」と嬉しそうに笑った。
私は高校生になり、1年間の交換留学をしたいと言った。
お金も高く、どうしようと悩んだ両親に、じいちゃんがお金を渡していたことを知ったのは、最近のことだ。
学びなさい、やってみなさい。
じいちゃんは背中で語り、背中をおす。
じいちゃんは、かっこいい。
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高校時代、塾の英語の先生が、おもしろい学習方法を教えてくれた。
英単語は、身体をつかって、イメージで覚えろ、という。
そうすることで「語根」を捉えることができ、それが英語力を伸ばす鍵になる、と。
「豊さ」は、英語で "Plenty" だ。
Plenty の言葉に入る語根は、"Ple."
"Ple" という語根は、「満たす」を意味する。
例えば、”Complete” 。
これは「 完了する(完全に満たす)」という意味。
教室の端で目を瞑り、ジェスチャーで完璧な丸を描き、中が寸分の隙間もなく満たされている様子を想像する。
”implement ” は、「実行する (中を満たす)」
プールの中に水を、せっせと汲み入れて満たしていくことを想像し、体を動かす。
"Plenty"
この単語だけ、私の身体は動かない。
豊じいちゃんが脳裏に浮かんで、ただ、それだけ。
豊かで満ち足りた様子のじいちゃんが、私にむかって微笑みかける。
教室の端、私もじいちゃんに微笑み返す。
plenty 豊か 豊じいちゃん
豊じいちゃんのいる人生は、今日も、ゆたかだ。
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