バレンシアに恋をした日
バレンシアに着いて5日が経った。
同じ場所にいるにしては、かつてないほどめまぐるしい変化のあった5日間だったので、もっと長くここにいたように感じる。
前回のぽこあぽこ日記の終わりに書いた通り、
着いた初日は天気予報の裏をかいた快晴。
駅を出た瞬間、抜けるような青空に心が躍ったのをよく覚えてる。
この町大好きになる気がする、なんて気の早いことを言いながら、夫と二人はしゃいでハイタッチなんかして。
駅には「Yuzu Cafe」というアジア風のお店もあり、早速おにぎりを発見した。
Bento や餃子、焼きそばも売ってる。
おにぎりのパッケージは韓国語で、品揃えも韓国のものが多めということは韓国系列の店だろうか。
スペイン人は辛いものを食べるのがとにかく苦手らしく、アジア料理のなかでは日本食が圧倒的に人気らしい。
バルセロナでも、他のアジアの国の人が日本食レストランを開いているのをたくさん見た。
そうなるとおにぎりもユニークなものが多くて、とても興味深い。
この間はサーモンの刺身とアボカド、のり、そして照り焼きソースに包まれた「おにぎり」を食べた。
米は酢飯で、ぎゅっと握られたそれは私の知るおにぎりでも寿司でもなかったけれど、誰かにとってそれがOnigiri になっていくのかと思うと感慨深くすらある。
スペインの多くの人には、その店が日本オリジナルの料理を出す店なのか、そうではないのかはわからないのだろう。
日本でインド料理だと思って食べているカレーの多くが、本当にインドで食べられているカレーとは異なるように。
その点、この日Yuzu Cafeで食べたおにぎりは、日本のコンビニのそれに近いものだった。
海苔のパリパリも、ご飯の硬さも、油の感じも、まさに。
こちらに来てからおにぎりはよく食べているので大きな感動はなかったが、
バレンシアの駅でおにぎりが買えることには驚いた。
今日から4日間はカウチサーフィンのホストの家にお世話になる予定。
電車で行こうと思い、メトロの駅まで15分ほど歩いたけれど、エレベーターが故障していて使えなかったため、スペイン版 Uber、Cabify のお世話になることに。
バックパッカーだった頃なら、余裕で階段を使っていたけれど、両手にスーツケースが追加となると、階段移動のは正直しんどい。
Cabify の運転手が、我々の大きくて重たい荷物を上手にトランクに詰めてくれた。
入りきらないバックパックと私は後部座席、夫は助手席へ。
”Gracias” と言うと、”A la orden” と気持ちの良い笑顔で返してくれて、
車がスルリと走り出す。
ふとした静寂に、夫が「どこの出身なの?」と尋ねると、「ベネズエラ」と予想外の答えが返ってきた。
興奮気味の私を他所に、「”A la orden” って聞いたから、もしかしたら、って思ったんだ」とサラリと言った夫の観察眼に舌を巻く。
私たちが中南米を1年以上旅したこと、ラテンのカルチャーが大好きなことを拙いスペイン語で伝えていく。
ベネズエラには行けなかったけれど、自然も人も素晴らしい噂をたくさん聞いたから、いつか必ず行きたいと思っているんだ。
そう伝えると、少し静かめだった運転手さんのテンションが目に見えて上がって、饒舌になる。
ベネズエラ人の友人が作ってくれた伝統料理・hallacas がとっても美味しかったこと、マラカイボの雷を見に行きたいこと。彼が好きなベネズエラ料理の話、日本とのちがい。
話題は尽きることなく、20分のドライブはあっという間に過ぎていった。
降車したアパートには、日本語を勉強しているベネズエラ人が住んでいるはずだと教えてくれて、
いつか話してみたいとワクワクしながら扉を開ける。
エレベーターはないので、最上階の5階まで歩いて荷物を運んでいく。
荷物が多いことを事前に伝えておいたからか、気を利かせたホストが階段を駆け下りてきて、一緒にスーツケースを運んでくれた。
ドイツで生まれ、イギリスで育ち、数年前にバレンシアに越してきたエリトリア人。
エリトリアという国を私は聞いたことがなかったが、夫は場所の見当がつくようで、ホストと盛り上がっているのですごいなと思う。
彼は日本を5か月かけて縦断したことがあるという強者。
日本だけでなく、ドイツやスロベニアも横断したことがあり、今度はニュージーランドを縦断したいのだというから驚きだ。
あらゆる国の直径が頭に入っているようで、大体何週間かかるはずだと即座に計算して教えてくれる。面白い特技があったものだ。
数学の先生で、家では完全菜食主義だという彼は、見かけにはとても細身だけれど、ものすごい体力と根性があるんだなと感心する。
キャンプと寝袋など、20kg近くあるバックパックを背負って、鹿児島の南・佐多岬から、北海道稚内市の宗谷岬まで3000kmを歩こうと思うだけでも凄いことなのに、「何度も車に乗せようかと声をかけらたけど、乗れないんだと断って歩ききった」というんだから、そういう優しさには積極的に甘えるタイプの私からすると信じられない気持ちになる。
人の家に泊めてもらうことはあったようで、日本でたくさんの人に助けてもらった・優しくしてもらったんだと言う彼は、とても優しい顔をしていた。
今までいろんな面白い旅をした人に会ってきたけれど、個人的には彼の旅は群を抜いて面白くて、でもそれをひけらかす感じが全くなくて、一瞬で彼の虜になってしまった。
これだからカウチサーフィンはやめられない。
どんどん飛び出してくるワイルドなエピソード(日本の公衆トイレは本当に綺麗だし、あたたかいし、寒い夜はそこにマットと寝袋を敷いて寝たのだとか。すごすぎる・・・)とは裏腹に、彼の家はとても綺麗に整えられていて、色採り豊かにデコレーションされている。
夜ごはんは彼が作ってくれるとのことで、言葉に甘えて町へ繰り出す。
青空が映える街。
白や黄色などの明るい色の建物が多いからか、たまに生えているヤシの木の効果かわからないが、それが街への第一印象だった。
長袖一枚でちょうど良い気温。風はカラリと乾燥している。
土曜日らしく街は賑わっているものの、混み過ぎているかんじはしなくて、なんだか全部がちょうど良い。
旧市街を歩いていると、どこからともなく元気な管楽器の音楽が聞こえてきて、小さなパレードに出会した。音楽隊を眺めていたら、後ろから歓声があがって、振り向けば結婚の誓いを立てたばかりの新郎新婦が教会を出てくるところだった。盛大な拍手が鳴って、花びらが舞った。
こんなとき、「街に歓迎されてるみたい」と勘違いするのは私の癖みたいなもので、幸せな勘違いだと思っている。この町に呼ばれているとか、ここには今呼ばれてなさそうだなとか、そんなかんじ。(ちなみにこの日は通りがかった教会という教会で結婚式に遭遇し、5回も新郎新婦をみたので、ラッキーな一日だったことは間違いないと思う。)
幸せを詰め込んだような特別な空間にいた効果だろうか。
安堵と感謝の気持ちが湧いてきて、思わず目頭が熱くなる。
「この街に住みたい」
着いて1日目で、早すぎるでしょうと各所から突っ込みを受けそうだが、本当にこの時私の心がそう言ったのだからしょうがない。
ずっと頭の隅にこびりついていた「この街を気に入らなかったらどうしよう」という不安が溶けて、消えていく。
とりあえず、住みたいと思える街はあった。
それだけで今は大成功だと思えた。
「できる・できない」はやってみないとわからないし、
大抵のことはやろうと思ったらできるもの。
だから私は「やりたい・やりたくない」「住みたい・住みたくない」といった意思の方が100倍大事だと思っている。
「ここに住みたい」「ここでやりたい」そう心から思えるだけで、
挑戦の間の幸福度もちがうし、その前向きな気持ちがあらゆる事を良い方に運んで、結果ももたらしてくれると信じている。
横を見れば、夫かずまも明るい顔をしていて、
「バレンシア、だね」と笑い合った。
夫の心の中まで覗きみることはできないけれど、私たちはかなり気が合うようで、大抵の場合、二人の意見は一致することが多い。
ここに住みたいね、とお気に入りになる町も、
レストランで頼みたいと思うメニューも、大抵一緒。
得意なことや、性格はちがうけれど、
感性や感覚、価値観という意味では近いと感じることが多くて、
それは一緒にいる上でとても心地が良い。
だいぶ地域に偏りがある(中南米が多い)とはいえ26カ国、そして数えきれないほどの町を一緒に回ってきた中で、二人が心から住みたいと思った場所は片手におさまる範囲(3箇所)なので、バレンシアがランクインしたのは特別なことだ。
「行ったこともない街で(やったこともない)おにぎり屋さんを開きたい」と日本を飛び出してきたこと自体、なかなかにおかしいことではあるが、
「あの街も素敵」「この街も住みたい」と好きの幅が広かったり、「まぁここでもいいかな」と目を瞑るのが得意だったりするわけでもなく、
むしろかなりこだわりが強いタイプ(特に私は)なくせに、見もしないで「決めていた」というのはリスクの塊のような感じがする。
(もっとも、ビジネス上のリスクという意味では一ミリも減っていない、いや土俵に立ってすらないのだけれど)
バルセロナは素敵だったけれど、今の私たちにはそこまでピンと来なかったこともあり、ここに来るまで不安は高まる一方であったため、安堵感はひとしおであった。
幸せいっぱいの広場で、花嫁の友人でもない旅行者の私がひとり大袈裟な嬉し涙を浮かべているのが可笑しくて、今度は笑いが込み上げてくる。
マドリッドも見に行くつもりだったけど、
これは行かないで決めてもいいかもね?
なんてマドリッドに失礼な軽口を叩きながら、(いや行くんだけどね)
これはもう決まりだね、と本日2度目のハイタッチ。
2024年10月26日。
「世界一周」の旅に出発してから2年と1ヶ月と1日。
私たちはバレンシアに恋をした。
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だいぶ長くなってしまった。
バレンシアに着いた日、恋に落ちた日の思い出を書きました。
カウチサーフィンのホストの元へ帰ると、
彼がヴィーガンタコスを作って待っていてくれた。
ホストは「not my best work」と言っていたけれど、
肉の代わりに豆腐を使った具材はとても美味しく、お腹にもやさしくて、最高の夕食。
Vermouth という色んなハーブやスパイスを入れた甘い赤ワインもいただき、会話が弾む。
ホストとの思い出も、もっとたくさん書きたいことがあるのだけれど、今日のところはこれにておしまい。
バレンシアでの物語はきっとまだまだ続きます。
また読みにきてくれたらうれしいです。