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光と闇とヤベえ奴

光と闇は同じ。

そう思っていた。

強い光が当たれば影はより黒くなる、なんて言うように。

数直線でマイナス方向が闇、プラス方向が光だとすれば、どちらの方向にも同じくらいの量が、あるのだと。


私は、人のことを祈ったりできるようなところもあるけれど、でもその一方で、口にはできないようなろくでもないことを考えるような人間でもあって、だからそういう意味でも、光と闇は同じ、というのを実感している部分もあった。

彼もまた、博愛主義的なところのある人で、でもだからこそ、多分びっくりするくらい冷たいところのある人間なんだろうなと私は勝手に思っていて、彼が自分の中のそんな面に気付いたら、でもそれは、絶望しなくていいことなんだよ、と伝えたいと私はそんなふうに思っていた。



LINEでご縁いただいている方が私に言う。

「Risaさんはたくさんの人に寄り添える。でもそれって、それだけ闇のある人生を生きてきたっていうか。それだけヤベえ奴っていうことでもあると思う」

その通りだと思う(笑)。

ヤベえ奴なんだよ(笑)。

闇が深くって(笑)。


実際の私のこれまでの人生、noteに書ける範囲でぼかして書いているけれど、最近、私は過去生に関していろいろなことを気付かされる流れになっていて、そのことの意味や、それを知ったことでの、ああ、だからこうだったのか、みたいな気付きが次々に出てくる。

それは過去生からの、連綿と続いた私の魂の癒やしであることに違いないとはしても、それでも、過去生での私の人生のつらさ、ハードさに、私は涙が止まらない。

そんなつらいのを、何回も何回もやってきた、って何?今の人生だって、産まれ落ちたところからハードモードだったと思ってきたけれど、それ以上につらいこと、何でそんなにそんなにやってこなきゃいけなかったわけ?



『もっともっと自己と対峙して、闇を吐き出すのだ』

ずっと前に、宇宙に言われたこと。

その時私は、何のために?って泣きながら尋ねた。

『お前が血の滲むような思いで闇と向き合って光へと昇華すれば、それが同じような闇を持つ者の真実として、指し示す光となる。だからやらねばならん』

やらねばならん、やり抜こう、そんな言葉の数々。


つらいのなんて見たくなくて、今生のだけでもう十分です、って思いつつ、私は今、過去生からの私の魂を癒やしつつある。

多分、今感じ取ってる以上に、これから、もっともっと、おどろおどろしいの、おぞましいくらいのが、記憶と意味づけを伴って、私の中から出てくるような気がしている。



カラスを遠目から、ただ、黒いなあ、って見るだけじゃなくって、もっともっと近付いて、その青味がかった色や翼の形にまで目を凝らす、時には、内蔵があらわになったような死骸を見たり、死臭を嗅いだりすることだってあるかもしれない。

自己と対峙する、闇と向き合う、というのはそういうことなのだろう。




自分を癒やす、魂から癒やしきる。

私に課せられた、もの。

ヤベえ人生を、何回も何回も、もうイヤだ、って、何回も何回も何十回も思ったであろう私の、過去生からの人生、私の魂が経験してきた、全てのこと。

それを癒やすこと、そのプロセスをさらすこと。

それが、ヤベえ奴である私にできることなのかもしれない、とも思う。



過去生を気付かせると同時に、私の守護の存在は、私に告げる。

ここまでつらいのやってきたのよ、幸せになってやろうって思わない?って。


好きな男、バカみたいに頭から離れないほどの、そこまでの好きな男、与えただろう?後はもう、二人で幸せになってこい、って宇宙は私に発破をかける。



私がヤベえ奴ならば、彼もまた私以上にヤベえ奴なのだろう。

でも、ヤベえくらいの闇がかけ合わさったなら、それは桁違いの光を放つ、ってことだ。

目を開けていられないほどの、眩い光。

地球を照らす光。


私たちの愛が、地球上に必要、と言われていることの、意味。


愛し合ってます、幸せです、っていうだけじゃなくて、本当に必要なのは、まずは闇を見つめること。

目をそらしたくなるほどの闇に向き合うこと、泣くこと。

そこから少しずつでも、心を溶かしてゆくこと、自分を愛してゆくこと。

自分をあったかく包むこと、彼をあったかく包むこと。

そうした先にこそ、私たちの放つべき光がある、ということ。










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