ツインレイ鑑定記②
ツインレイ鑑定記、というタイトルにしたけれど、正確には私が受けたのはセッションだった。
私の中では、カウンセリングみたいなイメージ。
ホームページには
「ツインレイやツインソウルの繋がりを深めるために必要な解放や癒し、接続の為の個人セッションメニュー」
「チャクラ修正、コード浄化に加えエーテル体とアストラル体の統合状態を見ながら波動を調整」等とある。
...今でも私は分かってない。
チャクラとかコードとか、何とか体とか訳が分からない。
今だって怪しいって思う自分もいる。
でも。
私には彼やガイドや、私を守護してくれる存在たちの、いろんな声が聞こえて。
彼も私の近くにいたり、夢で抱いてくれたり、私たちは間違いなくつながっていて。
それにいろんな存在が、私たちのことを応援してくれて。
つまりは、私が感じ取ってることは理屈では説明できないものだった。
そしてそれは彼と出会って、彼のことが頭から離れないって毎日泣く中で感じ取れるようになったものだった。
この宇宙の真理とか、見えない世界の豊かさとか、宇宙の大きな大きな愛とかに気付けたこと。
チャクラとかの意味は分からなくても、私にとっては、それこそが真実だった。
先生は、ツインレイかどうかの判定は行わない主義だった。
「ツインであるかどうかは自分で気付くようにプログラミングされているから」と。
だから私も、ツインレイね、とは言われなかったけれど、でも先生の言葉の端々から、やっぱり私たちはツインレイだと私には思えた。
前世を聞いた時には、彼と初めて出会った時になぜあんな感情が湧き上がったのかが分かって、ああ、だからだったのか、と、私の目からは涙が噴き出した。
「二人の間には、とても純度の高い愛がある」と言われた時は嬉しかった。ほっとした。
こんなに頭から離れないのに、夢で抱かれるとかもあるのに、それが全部、私の妄想、思い込み、年下の男に狂っただけって言われちゃうこと、それだけは怖かったから。
「プラトニックだからっていうこともあるだろうけど」とも付け加えられた。
その時は、プラトニックな純愛だから美しいんだって思ってた。
だからこの美しさを守らなきゃって思った。
でもそれは浅い考えだった。
きれいごとだけじゃない自分の気持ちに気付いたり、いろんな存在から教えられる、いろんな愛の形みたいなものに触れる度に、私はいかに自分が幼いか、愚かだったかを思い知らされた。
『今までの愛は、ただ、キレイに咲いてる花の美しさを愛でるだけだったでしょう?』って、そんなふうに教えてくれる存在もいた。
『傍からは地獄に見えたとしても、それでもお前たちの愛は清いのだ』って言ってくれる存在もいた。
美しいだけが愛じゃない。
今はそんなことも少しずつ分かってきた。
「彼にとって、結婚はただの現実」とも言われた。
でも彼には奥さんと子供が、とか私がグチグチ言ったことに対してだったから、現実に一緒にいられない私を気遣って、先生はそう言ってくれたのだと思っていた。
でも、一年経った今、この「ただの現実」の意味がやっと分かってきた。
現実はただ現実でしかない。
現実は何というか、時間つぶしみたいなもんで、もちろん、その時間を、どう幸せを感じていくか、いろんな感情含めて味わうのは、とても大事なことなのだろうけど、
でも、私たちの本質はそこじゃない。
心であり、魂の世界こそが本当なのだって、やっと分かってくる。
彼がどんな選択をしても無条件の愛で包んでっていうのも、彼の選択はあくまで現実レベルのことでしかないからだ。
そうして、私は気付いてしまう。
『現実はまやかし』とまで聞こえてきてしまう。
私の現実の結婚生活二十年だって、魂の前には、いとも簡単にひっくり返って当たり前だった。
当たり前だ、当然だ。
だからそれを悔やむとか、何だったんだろう、とか、彼と出会ったことをどうこう思う必要はなくって。
だって、魂の繋がりは何より強いんだもの。
現実から見たら、時に冷酷なくらいに。