長腕の剣 新当不動流事始
これは夢だ。間違いない。何しろ天も地も真っ赤に染まっていやがるんだ。
赤茶けた大地と赤黒い大空にはこれまた真っ黒な影がうようよと蠢いている。どいつもこいつも皺だらけでがりがりに痩せ細っている。そいつらは目の前にあるものは何でも喰らい付く様だ。四方八方から肉を噛み千切る音、骨を噛み砕く音がする。
思わず左腕がずきずきと痛み出す。この前の戦で肘から先が無くなった筈なのにだ。可笑しなものだ。無い筈の左腕が痛みを訴える。ああ、可笑しい。何もかもが可笑しい。この光景も、左腕の痛みも、何もかもが現実とは思えない。いっその事笑い飛ばせば夢から覚めるのだろうか。
突然、光と熱が俺の背中を襲った。振り向くとそこには青い肌の巨漢が炎を纏い、剣と縄を手に直立していた。
お不動さまだ。学の無い俺でも、はっきりと分かる。
するとお不動さまが左手に携えた縄が、びゅんと唸りを上げて地上の化生どもを纏めて縛り上げた。だというのに、お不動さまの左腕は微動だにしていない。一塊になった化生どもに燃え盛る剣が振り下ろされる。閃光と轟音と焦熱が炸裂した。化生どもはたちまち真っ黒な灰になって飛び散った。一仕事終えた縄が即座に天へと昇っていく。お不動さまの左腕は動いちゃいない。天の化生どもも縄の餌食になって、雁字搦めになっている。再び化物どもに炎の剣が振るわれる。お不動さまは文字通り動かずして化物を捕えては焼き切り飛ばしていく。
美しかった。今まで見たどんな技よりもお不動さまの縄の妙技は美しかった。
突然、縄が俺の空っぽの左腕に絡みついた。
「余が妙技覚えたか! 縄をもって腕と為せ!」
俺は跳ね起きた。夢はここで終わった。興奮で寝汗はびっしょりだし、息は荒い。何より左腕が今にも動き出したくてうずうずしている。俺は枕元の刀から下緒を左腕に結び付け、一心にお不動さまを念じた。ぐぐっと、左腕に力を籠めると下緒がゆっくりと持ち上がっていった。
【続】
【798文字】
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