さくらじいさん / 創作童話
強い風が吹いた日の帰り道、サツキはいそいで寄り道をしました。
公園の桜の花が全部散ってしまっていないか、心配だったのです。
「よかった、まだ全部散ってない」
足元に落ちているたくさんの花びらの中から、きれいな淡いピンクのハート型を、そっと拾ってハンカチにのせます。
サツキのおじいちゃんはこの公園の、古い桜の木が大好きでした。
幹がねじれ、あちこちを添え木で支えられた、ごつごつした桜の木です。春は毎年、この木の下でお花見をしたものです。
この冬も、散歩の途中で立ち止まり、ひび割れた幹をなでながら
「がんばって咲いてくれよ」
そう、話しかけるように声をかけていました。
この春、 サツキは毎日桜の花を拾って、仏壇のおじいちゃんに届けることにしています。
ー ぽとん
頭になにかが。手で探ってみると、それは桜の花でした。
ー ぽとん
まただ。スズメか何かが花をむしっているのかな。
見上げると、桜の枝の間から、小さなおじいさんがひょっこり。
両手に抱えた桜の花を、サツキに向かって投げてきます。満面の笑みで。
サツキは目をこすり、首を何度か振り、背伸びしてもう一度しっかり見上げました。
何度見てもそこには、スズメ色の着物を着た、小さな小さなおじいさんがいます。
「…夢かなあ、これ」
よーい、むすめさんやー、と、おじいさんが呼びます。
「ひとつ頼みがあるんじゃ。桜もち、いうもんを食べてみたいんじゃがのぅ」
「ごめんね、わたし、いま持ってないの」
「いいや、あんたは桜もちを持っとる。ちゃんとある。わしにも食わせておくれ、桜もち。さ、く、ら、も、ち!」
「持ってないってば。」
困ったなあ。だだっ子みたいだ。
「しょうがないなあ。ちょっとここで待っててよね」
いちかばちか、おばあちゃんに聞いてみよう。
サツキは走って帰ると、おばあちゃんに聞きました。
「ねえ、うちに桜もち、あったりする?」
「あら、どうしてわかったの?ちょうど今たくさんつくったところなのよ」
「よかったぁ。少しもらっていい?公園で、ええと…その…」
「公園でお友達と食べるの?いいわねえ」
桜が散ってしまう前にお花見してらっしゃいな、と、おばあちゃんはいそいでお弁当箱に詰めてくれました。
走って公園に戻ると、小さなおじいさんは小おどりしながら手を振っています。
「いっぺん食べてみたかったんじゃ。どれどれ」
両手で桜もちを受け取ると、緑の葉っぱのにおいをかぎ、つやつやしたピンク色のおもちを光にかざして目を細めました。そして、顔をあんこだらけにしながら、むしゃむしゃとほおばります。
「この桜の葉の塩味とあんこの甘味が絶妙、なんじゃろう?
まっことその通り、うまいうまい。うまくて美しい食べものじゃ」
それ、どこかで聞いた言葉だな。胸のあたりがキュッと痛くなりました。
「酒も、飲みたいのう~」
「えっ、それはムリ、ムリ!」
サツキが胸の前でバツを作ると、おじいさんは寂しそうにうつむきます。
「いつも、旨そうにここで飲んでいたじゃないか」
「私は飲んでないよ。子どもは飲めないの。飲んでたのは私のおじいちゃんだよ」
そういいながらふと思い出したのは、仏壇に供えてあったカップのお酒。
そうか、あれなら持って来れるかも。
「お酒、あるかもしれない。ちょっと待っててね」
おじいさんの顔がぱぁっと明るくなりました。サツキは家に走りながら、おばあちゃんに何て説明しようか、そればかり考えていました。
息を整えながら仏間を開けて、サツキは目を丸く丸くしました。
そこにはちいさな桜のおじいさんが、普通のひとの大きさになって、ちゃっかり座布団に座っています。
カップ酒をサツキに差し出し、顔をくしゃくしゃにしています。
「これよ、これ。これで一杯やりたかったんじゃよ。開けてくれんかね」
パカッ
ふたを開けると、部屋いっぱいにふわり、ふくよかな香りが広がります。
サツキはなんだか急にまぶたが重くなり、畳の上にへたり込んだまま眠ってしまいました。
おじいちゃんたちのごきげんな笑い声が、夢の中まで聞こえていました。
「まああ、サッちゃん、こんなところで寝て」
おばあちゃんの声で、はっと目が覚めました。
「…あら?お酒のふたが開いてるわ」
「うん。あのね、おじいちゃんに頼まれたの」
目をこすりながらサツキが仏壇の方を見ると、あのおじいさんはいませんでした。かわりに、おばあちゃんがすわって、手を合わせています。
「今年もいいお花見、できたみたいですね」
ちょっと鼻声になったおばあちゃんの丸い背中の向こうに、気のせいか少し赤らんだ頬のおじいちゃんの写真が見えました。
カップのお酒には、桜の花びらがひとひら、ゆれていました。
(あとがき)
イラストレーターの くりたゆきさん にお願いして挿絵を描いていただきました!サツキもおじいさんも、想像以上にサツキとおじいさんでした!!実は某童話賞落選作品なのですが、なんだかとても素敵なお話になった気がして幸せです。くりたさんありがとうございました!!!
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