ほんとにひどいこというけど、気にしなくていいなんて、人生がずいぶん呑気でうらやましい。
共同親権法案が可決された。不遡及をつらぬかず、すでに離婚した家庭にさかのぼって適用が可能らしい。妊娠して、親子関係を認知しなかったほうが、勝手に共同親権を申請して、育児に関するちくいちに介入できるらしい。
それでも、規定された養育費は払わなくてよくて、一方的に孕ませて逃げても罰則がなくて、流産や身体的な不可抗力で、産院以外で胎児が死んだら、わたしたちは厳罰に処されるらしい。
家庭内で実父に性虐待されたひとは、それを正当に訴え出るのに、ずいぶんと親類に責められたらしい。襲い続けた実父でも、それを助けなかった実母でもなく、ほかならぬその娘が責められ続けたらしい。
自衛隊のなかでは、外に漏らすなという圧力のもと、みんなのまえで陰部をこすりつけられて、そのうえ裁判では減刑をあらそって否認したらしい。謝罪は嘘だったと堂々とのたまったらしい。
産前産後の休業や育児の休業は休みだから、リスキリングするといいらしい。
受験も入院も治療も、そのすべてに、養育者としての素質が疑われる人が、ちくいち介入できるらしい。
家族の姓がばらばらだと、家族の絆が失われて、子どもの生育に悪影響らしい。子どもがいじめられるらしい。
受験の日は、通報して遅刻すると困るから、痴漢びよりらしい。女性専用車両は、女尊男卑の象徴らしい。痴漢する男ではなく、自衛の足りない女が悪いらしい。騒ぐ女が悪いらしい。
酔い潰れて判断能力がなくなったら、勝手にセックスしていいらしい。それは酔い潰れたほうが悪いらしい。飲み物をおいて席を立つと、睡眠薬を入れられることがあるらしい。それで襲われるのは、わたしたちが悪いらしい。
結婚して暴力を振るわれたら、見抜けないほうが悪いらしい。依存は自立していない弱者がすることで、どんなときも弱音を吐かず、なんでも解決できないといけないらしい。
マルトリートメントをうけると、脳のどっかが萎縮してしまうらしい(友田、福井大)。私たちは、誰とでも朗らかに喋って付き合っていけるのがいいらしい。協調性とか、コミュ力とか呼ぶらしい。見るもの、接する人、ぜんぶぜんぶがこわいときがあって、わたしの領域に踏み込もうとする人を拒絶したいのは、わたしがわるいらしい。朗らかに拒絶したほうがいいらしい。
わたしたちは、障害児を産んだら迷惑らしい。電車で騒ぐのは、しつけがなってないかららしい。過敏で疲れやすいのは、鍛えが足りないかららしい。わたしができないことは、みんながみんな、がんばったらできることらしい。わたしはがんばりがたりないらしい。
男らしくあれという圧力がしんどいらしい。それを女性や女性のフェミニストが抗議してあげないのは、不親切らしい。
私たちは感情的で、主観的で、彼らは論理的で客観的らしい。わたしたちは、同じ点数の彼らが行ける大学には行けなくて、だから医者になれないらしい。産婦人科の検査や診察をいたがったり恥ずかしがって厭わしく思ったりするのは、私たちが主観的で被害者意識が強いかららしい。
情緒が安定しないのは母親や家庭との愛着が足りない愛着障害で、だから学級が荒れるのはわたしたちの愛着障害のせいらしい。非認知能力が落ちるらしい。
メンヘラなのはキモくてこわくてありえないらしい。どんな家に生まれるかは選べないけど、生まれてきたことや生んでくれた親には感謝すべきらしい。
猫が死んだ。まず一匹、体を動かせないくるしみに抗いながら、ほこりたかく。いく週ののち、もう一匹。さいごまで、愛し愛された、愛の猫だったようだ。
猫は死ぬ。人も死ぬ。どれだけ死ぬなと祈っても死ぬ。なのになぜ殺す。殺さなくてもいずれ死ぬのに。
国境に集まった兵力が、ついに表面張力が決壊するときのように、一線を越える。打つ。刺す。なぶる。埋める。生きたまま。辱める。
そこからずいぶん東に行くと、地球からすれば東だろうが西だろうが知ったこっちゃないのだが、だれかがだれかに殴られて、そこは密室らしい。なにかしらの名前のつく関係で、そこから逃げ出すことはできないらしい。
今日、共同親権法案が参議院で可決された。国は、あの日のわたしに、明日以降のだれかに、死ねという法律を立法した。そいつが死ねばいいと思った。
あの日に書いた文章。だれも助けてくれない。