台南に行ってきました
はじめに
台南は北回帰線の南にある亜熱帯の街である。台北からは高鐵で1時間半から2時間程度で行くことができる。筆者は2023年に台南を久々に訪れた。台南は台湾で最も早くから発展した、いわば台湾はじまりの地であるとも言える。
台湾人は漢民族ではない
台湾人は漢民族だと言われてきたが、これは嘘であった。清が占領している時代に、無理やり漢民族にされてしまったのである。支那人お得意の捏造だ。断ると多額の税金をむしり取られたそうだ。
台湾では大東亜戦争後に大陸からやってきた国民党が歴史研究を厳禁したため実態がわからなかったが、李登輝の登場以降、研究ができるようになった。そして血液の遺伝子研究の結果、台湾人の血液ともっとも近いのはマレーポリネシア系であることがやっと分かったのである。すなわち、台湾人の85%を占める本省人は、平埔族という原住民だったのである。
17世紀、そうした原住民が住んでいる台湾に、オランダが侵攻してきた。大航海時代というきれいな言葉で表現されるヨーロッパ植民地主義による侵略と略奪の時代である。東インド会社という貿易会社の被り物をしたオランダが台南を拠点に台湾を植民地化した。
安平古堡と赤崁楼
ゼーランディア城は台湾で最初の城である。
オランダが台湾を支配するために大員と呼ばれていたこの地区に建設した。大員は台湾という地名の由来になったとも言われている。ゼーランディア城は、現在では安平古堡と呼ばれている。プロビンディア城もオランダにより建設され、いまでは赤崁楼と呼ばれている。
オランダ支配に終止符をうった鄭成功は、ゼーランディア城のあたりを安平と改名し、プロビンディア城を首府にした。
しかし、鄭成功は清にやられてしまう。清が侵略したのちは、双方とも管理が杜撰になりすたれてしまったそうだ。これを修復して活用したのがわが国である。安平古堡は税関、赤崁楼は陸軍病院だったそうだ。
鄭成功は日本人の母にもつ支那人とのハーフである。国性爺合戦の主人公でもある。
さて、安平古堡のある安平は海岸沿いのリゾートで干潟の景色もきれいだ。
安平古堡以外にも安平樹屋というガジュマルが絡みついたちょっと昔の建物も有名である。
林百貨
日清戦争のあと台湾は日本になったため、わが国由来のものを多く目にすることができるが、台南の中心街にも林百貨というデパートが残っており、いまでも営業している。
林百貨の屋上にはさきの大東亜戦争で被弾した跡も見ることができる。
夕方は気温も下がり、林百貨の屋上は心地よかった。
おいしい台南
台湾の食べ物はどれも美味しいが、台南でもいろいろ食べることができた。林百貨の山海豆花で台湾スイーツの代名詞である豆花を食べたが、ようは豆腐に甘いピーナッツがかかっているものであった。
神農街では食堂が見当たらず、偶然見つけた劉家汕頭麵の湯麵がうまかった。
安平BB彈芋圓達人ではタロイモスイーツ、そして上海好味道小籠湯包では小籠包を食べたのである。
おわりに
安平に行く機会があるときには、ぜひ自転車でまわって欲しい。
干潟沿いのサイクリングは大変結構であった。
(Dec/2023)
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