国連・障害者権利委員会(CRPD)による日本への勧告(所見)について
国連・障害者権利委員会(CRPD)による日本への勧告(所見)について
サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ・その10
とても大切な内容だし、当事者でない方々にも共有されるべきものなので、分かりやすく…と思うのですが、自信ないです。がんばります。
1.はじめに
掲題の件について、新聞等で報じられていたのを斜め読みしていたのですが、案外扱いが小さく、あやうくスルーしてしまう所でした。フォロワーさんがnoteの記事で触れられていたので、思い出しました…。
そもそも私たち(特に、案外短気な「私」)は、“上から目線”で何かを提示されると、思わず感情的に反応してしまうところがありますね。ここは、丁寧に考えないといけません。
日本において、障がい者の権利が充分に守られているのかどうか、国連の専門委員会が検証し勧告する文書を発出しました、というお話です。
DPI日本会議ホームページの当該ページに、当該文書の原本(Concluding observations on the initial report of Japan)が添付されていたので、確認してみましょうね。
まだ発出されたばかりの文書なので、公式に翻訳されていません。英文18ページにわたる英文は、non-lingualな私の手に余るので、精神障がい者を含む障がい者に対する“強制”処遇に関する数行だけ確認してみます。
ちなみに私は、精神科病院に二十数年お勤めした心理士・精神保健福祉士です(まもなく退職予定)。業界人ですが、もうじき利害は薄くなります。中立的な発言がしやすい立場といっていいでしょう。
2.精神科医療における“強制”処遇について
精神科医療を規定するのは「精神保健福祉法」なのですが、同法では、医療保護入院や措置入院など、患者様自身の意思によらない形態の入院があることを定めています。また、病状によっては、入院した後も、隔離や身体拘束などの処遇(行動制限)がなされる場合があります。
患者様自身の意思によらない取り扱いは、すなわち「強制」ではないか、と、まともな頭なら考えると思います。ところが、医療保護入院でも措置入院でも、患者様に対し法的な拘束力はない(例えば、それに従わなくても、患者様が法的に処罰されることはない)ことになっているので、ここでは「強制」という表現は使わず、「非自発的」ということになっています。当該文書でも、後に触れるように、“involuntary”という言葉が用いられています。
入院や隔離を強いることは、精神保健福祉法の規定がなければ、重大な人権侵害にあたります。何人も正当な理由なく拘束(身体的自由を妨げられる)されない、ということは、基本的人権の最重要なものの一つです。それが、精神保健福祉法によって、精神科医療の適正な提供、という観点から、一定の手続きの下で例外が設けられている、ということになります。
3.英語の表現について
報道では「勧告」といった表現が用いられているようですが、原本を見ると、違いますね。内容やニュアンスは「勧告」でもいいのかもしれませんが、文書の表題は「Concluding observations」となっています。これは「最終的な見解」または「総合所見」ですね。また、今回確認する、“精神障がい者を含む障がい者に対する“強制”処遇に関する数行“は、Principal areas of concern and recommendations(懸念や勧告のある、主な領域)という章に、ずらずらっと列挙された部分に含まれています。
ちなみに、委員会(のような誰か)が自らの立場を表明する時に用いる言葉(動詞)をさらっておきます。
“note”という時には、記しておきます、留意します、ということを指します。
“concern”と言う時には、関心を寄せています、(良くないことであれば)心配して・憂慮しています、ということを指します。もう少し強く「懸念」といってもいいかもしれません。
より強い表現では“recommend”(勧告する)とか“require”(要求する)とかいうものがあります。requireされてしまえば、私たちは、それを拒むことはできない(それほど強い表現)、といえるでしょうね。
4.精神障がい者を含む障がい者に対する“強制”処遇についての見解
さて、いよいよその項目を見てみましょう。Liberty and security of the person(当事者の自由と安全)という項目です。このように書かれています。
「委員会が懸念していることがあります。それは何かというと…」と始まっています。concern、すなわち「心配・懸念」ですね。
この「心配・懸念」の内容を直訳すると、「認識上のまたは実際の機能障害や危険性に基づいて、非自発的に精神科病院へと入院することや、障害がある人へと非自発的な処遇をすることが、精神保健福祉法によって法制化されていること」ということになります。
機能障害や危険性があると「見なされる」(診断される、偏見をもって見られる、など)場合だけでなく、実際に機能障害や危険性がある場合でも、それを理由とした非自発的入院や処遇は、懸念材料となる(そういうことはないのが望ましい)のですよ、ということですね。
5.議論と私見
一般論として、人権侵害の状況があれば、改善するべきであることは、論を待ちません。今回示された「心配・懸念」は、全くもってその通りです。
ただし、問題への関心と理解の仕方・程度は、立場の違いによってさまざまです。人権を擁護する立場(法曹関係者や、精神医療審査会のメンバーなど)からは、何より人権の回復と保護が最優先事項となるのでしょうが、医療の立場からは、精神科医療の適正な提供を前提に、人権をより尊重した取り扱いを模索する(その侵害を最小化する)、ということになるのでしょう。
私は精神科病院に在職中、入院患者様のトラウマインフォームド・ケアについて現場の看護師さんたちに理解していただくことで、隔離拘束を避けられるケースがあることを体験しました(精神科救急の治療ガイドラインにも触れられています)。現場では、人権侵害となりかねない状況を回避するための、このような地道な取り組みを重ねていくことが必要です。
また、さまざまな立場の方々と、精神科医療と人権状況について、速やかに議論を始める必要があるでしょう。非自発的入院や隔離拘束などを必要とせず、かつ治療効果の高い精神科医療を模索することが大切です。ただ、それらが根絶できるかというと、ちょっと自信がありません。まず目指すところは、それらの「最小化」なのではないでしょうか。
長くなってしまいました。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
(おわり)
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