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繋ぐ者【秋ピリカ】

「生きるって、どういうことだと思う?」

そう口にすると、彼女は視線を落とした。
先程まで絡めていた指はもう熱を失っていた。


「そんなこと、わっちに聞くかえ?客を取って、明日のおまんまの金を稼ぐ。遊女なんて、食いっぱくれないように今日を生きてくのに精一杯さ」

彼女は起き上がり、煙管きせるに火を付けた。

「そういうお前さんはどうなんだい?」


「そうだな..歪んだ結び目をほどいて、また紡いでいく、ってことかな」

「センセの話すことは、わっちにはようわかりんせん」


男は起き上がり、黒ずんだ鏡台の引き出しから皺だらけの紙の束を取り出した。

途端、彼女が血相を変えて奪い取ろうとする。男はなんなくかわすと、勢いよく紙を破り始めた。


主様ぬしさま!後生だからそれだけは..やめておくんなまし!」

とたん彼女は獣の耳と尻尾をあらわにし、物凄い勢いで男に襲い掛かる。釣り上がった目、鋭く長い爪、牙を持った大きな口。


「やはりな..この紙がお前の本体か」

「それを返せ!じゃないと私はっ」

女はもはや異形の者。怯むことなく袂から火種を取り出すと、紙に火をつけた。

燃やした端から朱色の文字たちが糸のように繋がっては浮かび上がり、煙とともに空に消えていく。どうやら恋文だったらしい。女は抵抗をやめその場に泣き崩れた。


「その紙だけが、私の拠り所だったんだ…!生まれた時から疎まれ、虐げられて生きてきた私を、唯一愛してくれた…」

女はその紙とともに生きるため、これまで何人もの客の生気を吸っていた。全ての紙が燃え尽きた瞬間、女は窓の外に消える。命はとっくの昔に潰えていた。



「ありがとうございます。これはお代です」

男は楼主ろうしゅから無言で金を受け取る。

「まさかあの子が…最近物怪やら妙な噂が立って困っていたところでして、いやぁ助かりました」



店を出て路地裏に入ると、ミャウと声がする。艶やかな毛並みの黒猫がこちらをじっと見ていた。手を伸ばすと擦り寄ってくる。



「ねっ、あたし名演技だったでしょ?」

黒猫は目を輝かせて男を見上げた。

「でも、いいのかい?あの手紙は本当に君の..」

「いいの」

猫はピシャリと言う。といっても他の人間には、猫が鳴いてるようにしか聞こえないのだが。

「いいのよ、もう必要ないものだから…それより、うまくいった?」

「ああ、依頼された本物の花魁は、とっくに男と関所を越えた。化け物が絡むと追跡の手が緩むからな」

「化け物って失礼ね」
「すまんすまん」
「ま、いいけど」

鈴は肩をすぼめると(猫に肩があるとしたらそんな仕草だった)、吉次郎に抱っこをせがむ。

「紙じゃ、このあったかさは得られないのよね..」

「ん?」

「なんでもなーい」

鈴が今あの紙のえにしから解き放たれて猫として生きているのは、吉次郎のおかげだ。紙に込められた縁を断ち切る異能。それは想いが強いほどに切れやすく、赤く色づく。

明けてきた空は、人も異形も等しく曙色に染めていく。鈴はその温もりの中で微睡み始めていた。



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