君がとなりにいるだけで。
そもそも、猫なんて苦手だった。
だけどなぜ、今キッチンに立っている私の足元には猫がいて、ふわふわの毛をすりすりさせているのだろう。
今からほぼ、1年前。
娘は不登校で、病気で、ベッドに寝たきりだった。
食が細く、どんどん衰えていく体と心。体と心のケアを兼ねて、カウンセリングもしてくれる整体院に助けを求めた。
そこで勧められたアニマルセラピー。
娘は真っ先に「猫がいい」といった。
それまでは目が虚ろで、何かしたいことはないかと聞いても、何にも答えなかった。
だけどこの時、目にほんの少し光が灯り、猫がいい、とはっきりとした口調でいった。
もうこの時点で、私の心は決まっていた。
どうせなら、ふわふわの白い毛並みの猫がいい。
先生に勧められるままに、そうお金のかからない保護猫を探すことにした。捨てられてしまった猫。野良猫が産んだ子猫。ぬくぬくと育てられた上品な子よりも、きっと彼らの方が気が合うのではないだろうか。
さっそく、保護猫の譲渡会に行ってみる。そこにいたのは、想像していたようなふわふわの可愛らしい猫ちゃんではない。どこか怯えた顔をして、毛並みも整わない、あまり目立たない柄の子たち。そしてケージの隅に固まってしまう。
猫を飼う、という一見明るい言葉がべたりと暗く塗り替えられていく。
そうか。彼らは思ったよりもずっと、人に心を許さない生き物なのだ。よほどフィーリングが合わない限り、この形で見つけるのは難しいのではないか。
それからはまず、保護猫サイトで猫を探しまくった。しかしいくら見た目を気に入っても、場所が遠かったり、条件が合わなかったりでなかなか見つからない。
気づけば2ヶ月も経っていた。
娘のために、なんて大義名分を抱えて、私はとっくに猫を飼いたいと強く思っていた。あるいはこの作業から解放されたいのか。なぜだろう。あれほど苦手だったはずなのに、まるで猫に取り憑かれたかのように探していた。
そんな時、隣の市で子猫をメインにした譲渡会が開催されると知った。運良く娘もその日体を起こすことができ、たどり着くとすでに何組かの家族がそこにいた。
保護猫ってこんなに人気なんだ・・
「どの猫ちゃんがいいかしら?」
順番が来て、係の方が子猫を1匹ずつ出してくれる。ちょうどふわふわのグレーの毛並みの子がいたが、なぜか嫌がって出てこない。じゃあ、と白い猫に手が伸びるのだけど、娘に抱っこされるのを嫌がる。あれ、意外と難しいのかな。と、そこで奥の方でのんびり寝ていた黒猫が出された。
椅子に座る娘のひざの上に、ちょんと置かれた黒猫。
ー黒かぁ。黒はないかなぁ。
と思っていると、黒猫は暴れることなく、そのまま娘に持たれかかってジッとしている。
「あら、めずらしい!この子、なかなか他のお客さんに抱っこさせなかったんですよ〜」
えっ!?(・ω・;)
黒猫はそのまま、黒いTシャツを着た娘に寄りかかだたまま。黒と黒。まるで同化してるみたいでちょっと笑えた。
そして娘は、この黒猫を希望した。
その夜。
もう予感がしていたけど、何組かいた中で、黒猫がうちに来ることが決まった、と電話が入った。
そして、子猫がやってきた日。
たいていの猫は新しい家に来ると、怯えてケージから出てこないことが多いらしい。しかし、黒猫はキャリーから出されるとおもむろに部屋の探索を始めた。買っておいたおもちゃにも食いついて遊んでいる。その様子を見ていた、猫を連れてきてくれたボランティアの方が、
「たまにいるんですよ〜。猫に選ばれる人」
黒猫は、私たちに選ばれたのではない。
自分の意思で、娘を選んだのだ。
名前は、ノア。
娘に笑顔が戻ったのも、
どこかぎこちなくなっていた私たち家族が、普通に会話できるようになったのも、
全部この子のおかげだ。
きっと娘に会うのを待っていてくれていた。
あれだけ探してなかなかピンとこなかったのも、
この子が呼んでいたのかもしれない。
滑らかな黒い毛並みが、日差しを浴びるとキラキラと細やかな光を帯びる。虹彩が縮んで、琥珀色の瞳が一層際立つ。
チョビヒゲで、
白い靴下を履いてて、
客が来るとベッドの下に隠れる、臆病者。
構って欲しい時だけ、足にすりすりしてくる。
一般的には、可愛いかどうか分かれる外見だ。
しかし私たちにとっては唯一の猫。
娘の孤独に寄り添ってくれたこの子は、
これからも私たち家族とともに生きていく。
娘に寄り添ってくれて、ありがとう。