海砂糖【シロクマ文芸部✖️旬杯リレー小説】
「海砂糖みたい」
海を見つめながら、彼女がぽつりといった。
白いセーラー服が反射して眩しい。靴も靴下もいつのまにか脱ぎ捨てられていて、透き通る波が白い素足にまとわりついては戻っていくのをぼくはじっと見ていた。
ぼくは黙ったままで、彼女の言葉の続きを促す。
「いつだって海がとなりにいた。
楽しいこともたくさんあった。
悔しい時も、悲しい時も、
誰かを好きになった時も、
いつもこの海だった。
いつも、海が話を聞いてくれた。
この海には私たちや、私たちの知らない誰かの
思い出がたくさん沈んでいるの」
彼女はひたすら砂を蹴りながら、
黙って聞いてるぼくをチラリと見た。
ぼくは手に持っていた飲みかけのサイダーを一口飲む。あっというまに夏の熱を吸い取った生温い気泡が、喉を虚しく流れていった。
「そう考えると、思い出がサラサラと砂糖のように沈んで、溶けているように見えない?
塩は溶け込んでしまうけど、砂糖は混ぜれば混ぜるほどとろみを帯びて重くなっていく。
どんな思い出もね、たくさん混ぜてしまえば、
最後には甘くなるのよ」
「なるほど、ね」
やや強引な彼女の説に、実のところ納得はしてしないのだけれど(だってこの海の塩の量にどれだけの砂糖を投げ込めば甘くなるのか、ぼくには見当もつかない)、彼女が思い出に浸っているその真剣な姿に水を差す気にはなれなかった。きっとぼくも彼女の思い出の一部になるだろうから。
「あった!海砂糖」
彼女は何かを拾うと、小走りでぼくに駆け寄った。手のひらには、半透明のシーグラスが光っている。それは本当に砂糖の塊のようだった。
「ひとつ、あげるね」
そっと差し出された、小さな小さな海砂糖。握れば壊れてしまいそうだ。この中にはぼくの知らない誰かの、大切な思い出が詰まっているのだろうか。
すべすべと心地よい触り心地に、ぼくはこれまで彼女と、そして仲間たちと過ごした時間を思い起こした。空に透かせば向こうに光が見えた。
「これ、舐めたらどうなるかな?」
彼女はクスッと笑った。
「きっと甘いわ」
ぼくはその海砂糖を少しなめてみた。
「あっ、甘い!」
「えっ、ホント⁉︎」
彼女は大きく目を見開いてぼくと海砂糖を交互に見ると、手のひらに持っていた海砂糖をそっとなめる。
「もうっ、ちっとも甘くないじゃない!」
彼女は舌を出して「しょっぱい!」と言いながらぼくの背中を叩く。こうやって笑い合える時間が永遠に続くものだと思っていた。少なくとも昨日までは。
「まだ思い出が足りないんじゃない?」
「そうかもね」
この夏が終われば、
彼女は遠い場所へ引っ越してしまう。
もちろんそれくらいで繋がりが絶たれるとは思わない。だけど、一度日常の延長線から外れてしまえば、ぼくたちがふざけあった日々は置き去りにされ、別々の日常が始まってしまうことくらい、中学生のぼくにもわかることだ。
「海砂糖が甘くなったら、また会おうね」
「そうだね」
果たされない約束などいらない。
曖昧で予測できないくらいが、ぼくらにちょうど良い。こんななんでもない会話さえ、サラサラと海に溶けていく。
この夏、少しでもこの海砂糖が甘くなるように、たくさんの思い出を作ろう。ぼくは手の中の海砂糖にそう決意した。
1400字程度
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🔻シロクマ文芸部さまの企画に参加させて頂きました🐻❄️
🔻タイミング良くどちらも海のテーマで思いついたので、掛け合わせてみました。この記事はCの起ストーリーの続きです。あなただけの続きのストーリー、お待ちしてます。
⛱️募集要項
⛱️起ストーリー3パターン
⛱️小説一覧
旬杯本番は、明日25日投句開始。
シロクマ文芸部さんのところに
宣伝だらけになってしまうのだけど
明日は記事出せそうにないのでスミマセヌ┏○)) ペコリ