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追悼・高橋幸宏 ▶︎ YMOのライディーン

シングル「ライディーン」(ALR-701)
80年6月21日リリース
アルバム『ソリッドステイトサヴァイヴァー』よりシングルカット
作曲:高橋ユキヒロ
編曲:イエロー・マジック・オーケストラ
オリコン最高15位
B面「コズミック・サーフィン」(LIVE at LA 1979)

シングル盤リリースに先駆けて「夜のヒットスタジオ」に初出演(1980年6月2日)、「テクノポリス」と「ライディーン」を連続で演奏した(散開LIVEのようなメドレーとは違う)、いわゆる音楽雑誌を読むような層には知られた存在ではあったが、お茶の間レベルに浸透し出したのはこの頃だろう(自分もYMOを初めて聴いた頃)、2月発売のLIVE盤『パブリックプレッシャー』と6月発売の『増殖』がオリコン1位になり、他のアルバム含めて、ここからさらに売れ方が加速していく、それは結果的に1980年の1年間で1番売れたアーティストというレベル、歌謡界では山口百恵の引退〜松田聖子のデビューなどあったが、そういうのを全部差し置いて総合売り上げ1位ということである、単に物珍しくてちょっと流行ったというレベルでも一発屋でもなかった、しかもいわゆる芸能界と関係ないところで成し遂げられてしまったから、業界は慌てたようである(そして嵐が過ぎ去るのを待ち、見て見ぬ振りをした、マネ出来るところはマネをした)

「ライディーン」といえばYMOの代表曲として間違いなく、その話をすれば下の世代には必ず運動会で流れてましたと聞かされるのだが、自分は80年の時点で小学5年生であり運動会でかかった可能性もなくはないが、覚えがない、自分が家で聴いてるレコードが学校でもかかったら記憶に残りそうだが、時代的にまだ「天国と地獄」のような定番ばかりで、そもそも学校でポピュラー音楽がかかった記憶がない、放課後の掃除の時間にかかったという覚えがあるのだが、流石にもう年月が経ち過ぎて確かではない、兎に角、下の世代にはYMOといえば運動会でかかってたやつみたいな扱いで(例えば「おどるポンポコリン」的な)、そんなもんに影響されたって話をしても相手はピンとこない的な話の通じなさがある、ということで運動会で使われてしまったことはファンとしては心良く思ってないのだが、そういう次元のものが生まれたという事実を受け止めざるを得ないところもある(アルファレコードの社長はパチンコ屋でかかっているのを知って大ヒットを実感したそう)、さらに平成以降は携帯の着メロとして馴染みがあるといったところだろうか、携帯を買うと着メロのラインナップとしてデフォルトで入っていた時期もあったようだ(自分が使ってきたガラケーに入ってることはなかったが)

ちなみに「ライディーン」のシングルがリリースされた翌年にレクリエーション用レコードとして久石譲アレンジの「ライディーン」が発売されている、実際問題皆が運動会で聴いていた「ライディーン」は殆どこちらだったのではないか?と、感じざるを得ません

いわゆるYMOにとって矢面に立っている曲ということなので改めると、作曲は高橋幸宏である、自称音楽通の某お笑い芸人もYMOは坂本龍一が作ったバンドだとほざいていたので(いわゆるニワカ)、坂本龍一が作曲したと思ってる人も多いかもしれず(何故か細野晴臣が作曲したという間違いは聞いたことがない)、「ライディーン」に関しては念を押しとかないとならない(案の定、テレビで坂本龍一追悼の際「ライディーン」がかかって問題になった)、YMOファンなら分かることだが、藝大作曲家出身の坂本プロフェッサー龍一には逆に作れない曲で、ド〜レ〜ミ♭〜(固定ド)みたいな音楽は自分の感覚ではありえないといっていた、幸宏マジックのありえないメロディにプロフェッサーとして最高のアレンジを施し、今までにはない一線を超えた音楽を誕生

長年、高橋幸宏が鼻歌で作ったというのも一人歩きしてて、鼻歌=適当、その場の思いつきで幸宏が歌ったのを坂本がメモった的な解釈をしてる方もいるかもしれないが(実際「テクノドン」という本には、そのようなエピソードが載っている)、その他いくつかのエピソードを繋ぎ合わせる(この話に限らず、ひとつのエピソードだけを鵜呑みにしてはダメだ)とそういうことでもない、どっちにしろ高橋幸宏と坂本龍一の記憶にもズレがあり、もはや会話を録音したもの、或いはレコーディング中の動画などの物的証拠がないと何ともいえない、なので自分は得意げにあれは鼻歌で作った偶然の産物、と語ることはしないだろう(偶然の産物でも凄いことには変わりはない、念のため)、近年では当時のマネージャーの発言や高橋幸宏の著書「心に訊く音楽、心に効く音楽等によって鼻歌説は否定されている

YMOといえばライディーンみたいになっちゃってるが、シングルとしての売り上げはテクノポリス(これが坂本龍一作曲)の方が上で、オリコン10位以内にもランクインしている、しかし街頭インタビューで「ライディーン」を歌って下さいと訊いたら、若い人でも歌える人がいるかもしれないが(運動会や着メロのおかげで)、「テクノポリス」を歌える人を探すのは難しいと思われる、メロディではなく「トキオ!」という最初のボコーダーだけが印象的に残っているのが関の山だろう、ということで数年前のポッキーのCMは世間一般のYMOに対する最大公約数的なイメージの集約のみで成り立っている、ライディーンの曲にトキオ!(ポキオ)をかぶせ、画は『増殖』のジャケをヒントにしたCG処理、まーこれにあと何か足すなら「胸キュン♪」ってか

B面は『パブリックプレッシャー』からのカットであるLIVEヴァージョンの「コズミックサーフィン」、一般に浸透する時のYMO情報としては海外で受けたバンドというのがあったので、LIVEを収録した理由は分かるものの、ジャケにLIVEヴァージョンであることが一切書かれていない不親切さ、それから両面ともインストゆえに裏ジャケには歌詞ではなくライナーが書いてあるのだが署名がない

それにしても前年9月に発売された『ソリッドステイトサヴァイヴァー』からのシングルカットを何故9ヶ月後のタイミングで行ったのか、同月頭には新譜『増殖』がリリースされてるので、そこからのカットならわかるのだが(同年末に「タイトゥンアップ/ナイスエイジ」がシングルカットされる)、レコード会社にも読めなかった加速した売れ行き(今までのアルバム全てがベスト20に入った週もありつつ、『ソリッドステイトサヴァイヴァー』はミリオンに迫る勢い)、そしてこれまたジャケに記載がないのだが、この頃からFUJIカセットのCMが始まっていて、「テクノポリス」に続いて「ライディーン」も使われたタイミングもあるのだろうか、良い意味での混乱が伝わってくる

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そして長年謎だったシングルジャケのイラスト、メンバー3人のセンスではなくアルファが急遽作ったものと思っていたが、実はアメリカA&M盤『ソリッドステイトサヴァイヴァー』のジャケ案だったそうである、そもそもファーストA&M盤の「電線芸者」も気に入ってなかった3人はこれを拒否、保留になっているうちに『ソリッドステイトサヴァイヴァー』と『増殖』が合体したような内容の『MULTIPLIES』がA&Mでのセカンドアルバムとなる、そのボツになったイラストがうまく「ライディーン」に流用された

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