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綿矢りさ著:ひらいて 読了感想【ネタバレなし】

綿矢りさ著:ひらいて 読了感想【ネタバレなし】

 綿矢りさが書く高校生の恋愛小説は異様なほど性のサディスティックをオブラートに包んでいる。薄い膜につつまれて覗く性癖は受け身ではない、いじめたくなるような対象への愛情を感じさせる。結論から言うと「ひらいて」は傑作中の傑作である。文章に力みがなくすらすらと美しい描写が並ぶ。心地よいおもてなしをされている感覚は「オーラの発表会」のような読みやすさを思い起こさせる。

 「ひらいて」が傑作中の傑作だというのには理由がある。およそ平凡では得られないほどの性癖をもち、その性癖を恋愛に落とし込んだ男女の三角関係。精神的攻撃をするための肉体の応用に男女の区別を分けることなく描いている点が一点。また、登場人物には必ず弱さをもって生きているもの特有の強さを持ち合わせている。その登場人物がそれぞれ読み手のこうなるだろうなという予想を覆す行動や言動の二転三転と言ったらエンターテイメントとしても面白い。

 「ひらいて」は2021年に映画化されたらしく、確かにこの二転三転する展開の速さと面白さは映像向きかもしれないと思った。目が離せない。次の展開はどうなるのか楽しみでページをめくる。登場人物の愛、美雪、たとえに対して親近感や好感さえ沸くくらい感情移入してしまう。性描写もいやらしさを感じさせながらも軽快な文章が揃っている。映画化されたらこの映像はどうなるのかなとちょっと思った。今度「ひらいて」の映画を見てみよう。そう思えるほどに傑作である。

「蹴りたい背中」でもサディスティックな恋愛を描いていたが、「ひらいて」では性癖こそ変わらないものの、物語の構成が読者の心を離さない綿矢りさの進化を見ることができる。

 美雪という登場人物は1型糖尿病の持ち主だが、新潮社 2012年7月に出版されている。この時期に1型糖尿病を持つ登場人物を抱える小説は数多く登場しているのは1型糖尿病が描きやすいテーマだったからなのか、単なる流行だったのか、1型糖尿病の認知アナウンスメントを高める活動でもしていたのかは分からない。とにかく1型糖尿病の認知はこの2010年以降くらいの作品に非常に多く出ている。認知は広まっていると思われる。

 「ひらいて」では大人に近づくことになってしまった高校生の感情を子どもの純粋な心から大人に変わる心情を表している小説だともいえよう。だれもが心のどこかで「自分は本気になったら何でもできる」という自分に対する万能感と期待に胸を膨らませた時期もあるだろう。そこから顔に知らず知らずシミが広がるように美しさが損なわれていくスピードで「何者でもない」という無力感に気づきたくないくせにもう気づいているという状態をとらえている。

  青春が自分の人生に足りなかった。

そう思える人は読んでみると面白い小説かもしれない。

ではでは。

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