見出し画像

キャリア教育。教育業界の構造的課題。

「進路を共に(co)一歩踏み出すきっかけを(step)」戦後最大と言われる就職氷河期を経験し、進路教育の現場を肌で感じたことで生まれたco-step のビジョンだ。co-stepをなぜ起業したのか?どういう想いでやっているのか?を紐解く連載第2回目はビジョンについてお送りする。

内定率50%台。戦後最大の就職氷河期。

僕は2011年卒で就活をした。これは戦後最大の就職氷河期と言われる世代だ。リーマンショックで内定切りが起き、新卒採用を募集をしない、募集してもこれまでの半分以下になる企業が相次いだ。そんな状況で生まれたのが「就職浪人」という言葉だ。内定がもらえない学生が相次ぐ状況を見かねて、各大学が授業料を割り引くことで大学5年生を受け入れることで既卒枠ではなく、新卒枠で翌年の就活に臨めるようにした措置だ。

画像1

(出典「図録▽就職内定率の推移(大卒)」https://honkawa2.sakura.ne.jp/3160.html)

上図を見ると内定式のある10月1日時点でたったの57%しか内定をもらえていなかった。恐ろしいのは、ほんの2年前までは70%と右肩上がりの売り手市場となっていたことで、内定を複数もらう先輩たちを身近に見てきてからの急落ぶりだということだ。当時の僕たちは顔面蒼白で、まるでゾンビのように内定欲しさに街を徘徊していた。その様子をフジテレビ月9ドラマ「リッチマンプアウーマン」で描かれているので興味のある方はぜひ見てみてほしい。日向徹の数々の名言に心が動いたことを今でも覚えている。

就職氷河期を経て痛烈に抱いたキャリア教育の課題

画像5

就職氷河期で苦しんだ人に共通することは、言われたことを真面目にやるだけの人生を歩んでいたこと。先生に言われた通り、真面目に大学に行き、良い成績を取ることに精を出す。もちろんそれは良いことだが、特に文系は大学で良い成績を出す理由をキャリアと結びつけておかなければならない。大学の成績が良くても就職はできないからだ。

そして真面目に大学生活を送っていたのに内定がもらえない学生に対して、大学側が差し出した就活支援の答えは「就職浪人制度」だった。結局大学は何もしてくれないのだ。違う、社会・世の中は何もしてくれないのだ。結局自分を守るのは自分自身。社会とは自己責任なのだ。それなのに言われたことを言われた通りにやることを評価する日本の教育の在り方について、就職氷河期で苦しむ友人を見て、痛烈に問題意識を抱いたことを覚えている。

19歳の冬。僕は働く意味や生きがいを考え、大学生活をどう送るか?を考えたとき、過去に多くの安心安全神話が崩れてきたという事実から、いまの正解は未来の正解ではないと考え、どんな未来を迎えようと選択肢が削られない人間力を形成するために「いまを生きる」ことを決めた。このことを大人たちが教えてくれ、学生時代に教科書ではなく、ケーススタディ形式で千本ノックのように自ら考えることをトレーニングしていたら就職氷河期で苦しむ友人を見ることもなかったように思う。そんな理想をIT×教育で何とかできないか?という想いを持ち、新卒切符をベネッセコーポレーション行きに使ったのだ。

進路教育の現場を回って感じた2つのポイント

画像4

ベネッセでは高校生の志望進路を実現させるコンサルティング営業の仕事に就いた。進路教育には「先生・生徒・保護者」の三位一体がとても重要で、ベネッセはいち一般企業として、その三位一体のバランスを客観的に捉えて、生徒の学力・学習習慣のデータに基づき分析をして先生・生徒・保護者をサポートするという仕事内容だった。県内のトップ校は、ベネッセを使わずともこれを校内の先生だけでできている。なぜなら、トップ校にはトップの先生が集まるからだ。少なくとも校内にノウハウがきちんと蓄積されており、それが引き継がれるシステムが出来上がっている。大企業が儲かる仕組みを作ることで長い間成長し続けていくように、学校現場も同じ仕組みができているのだ。

僕は担当エリアである40の高校を毎日車で、朝から晩まで1日で4校・40名以上の先生を回っていた。年間に実施した生徒・先生・保護者向けの研修・講演会は200本を超えた。1日で6本の研修・講演会をやったときは1日で体重が3キロ落ちた。それぐらい人前に立って教えるというのはカロリーを消費する大変なことで、それを毎日のようにやる先生には頭が上がらない。こうして進路教育の現場に身を置かせていただいたわけだが、そのなかで進路教育には2つのポイントが大切だと感じた。

1.データに基づいた合理的な事実を分析する力。

教育現場には、まるでポエムのような美しい教えと、体育会の根性論が漂いがちだ。子どもたちは無邪気で半径5mの世界で生きている。そんな子ども相手に毎日仕事をする先生に罪はない。だからこそ、仕組みとして子どもたちの学力や学習習慣、学級活動をデータ化し、客観的に分析して、事実に基づいたアドバイスができるようにすることが大切だと思う。模試でD判定が出たらあなたはその大学を受験しますか?D判定で合格したら奇跡と言われるだろう。しかしそれは奇跡ではない。学力・学習習慣の3か年推移をクロス分析し、過去の合格者のデータと照合すれば、合格可能性ゼロのD判定と合格可能性が5%あるD判定が見えてくるのだ。事実、D判定でも見事逆転合格を勝ちとった生徒を何人も見てきた。僕は体育会系の根性論で生きてきたわけで根性ももちろん大切だと思っている。しかしデータに基づき、方向性とタイミングを定めて根性を生かせたらどれだけ良かっただろうと思う。

2.「いかに魅せるか?」というエンタメ・クリエイティブ力。

生徒向けの講演会で、真面目に教科書通りに一方的に話をしても大半の生徒は聞いてくれなかった。でも動画を流したり、ドラマのストーリーに例え、クイズを出したりと、参加型にすると生徒は目を輝かせながら話を聞いてくれる。高校生は「学び、成長することは楽しい」ということを知っている。それは部活動でそのプロセスをやってのけているからだ。事実、70%以上の生徒が部活動に加入し「学び、成長する」というプロセスに青春のすべてをかけて頑張っている。

画像2

(出典「部活動の時間:放課後の生活時間調査-ベネッセ教育総合研究所」https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/houkago/2009/soku/soku_14.html)

それなのに勉強嫌いが多いのは、教科書がつまらないからだと思う。教科書にエンタメ性やデザイン(クリエイティブ)性は全くない。それはそうだ。教科書は国が示す教育の基本であり、その基本がエンタメ性に優れた漫画のようだったら社会が許さないからだ。事実、ゆとり第一世代の僕は経験している。ある日、分厚い白黒教科書からフルカラーのイラスト付き教科書に変わったのだ。そして「ゆとり世代はこんな教科書を使って学ぶから頭が悪いんだ」と社会から烙印を押されてしまったのだ。

つまらない教科書は変えられない。だからこそ、教科書で伝えるべきことをいかに魅せて、生徒の心に届けるか?という観点がとても重要だと思う。教科書がつまらないという理由だけで、キャリアのことを考えなくなるのはあまりに残酷すぎる。

進路教育の課題は、高校教育の構造的課題でもある

画像5

ただ、そもそも進路教育に教科書はほとんど存在しないし、単位数も少ない。教える教材も時間も少ないのだ。先生には教科指導とは別に「係り」というのがある。校門の前でスカートの丈や頭髪をチェックする先生を見たことがある人も多いと思うが、あれは「生活指導」という係りの先生だ。同じように「進路指導」という係りの先生がいるわけだが、教科指導をし、クラスの担任を持ち、係りを持ち、部活動の顧問もやる先生は明らかにオーバーワークだ。あなたの会社の部長が日中は営業で外回りをしながら、社員の評価や指導のマネジメントをし、全社プロジェクトにもアサインされ、仕事が終わった後の飲み会の幹事を毎日するようなものだ。まるで経営者のような働き方を先生は強いられている。

土日返上、月100時間以上の残業、人生のすべてを捧げて、すべての役割を完璧にこなす先生は全体の20%、いや10%以下しかそんな強者先生はいないのが実感値だ。ひとりの先生が持つ役割の多さがオーバーワークを生み、子どもたちの未来を決める一歩目である進路指導が中途半端になってしまう。これは先生の責任ではなく、高校教育の構造的な課題なのだ。教科指導という役割の先生だけでなく、進路指導のプロの先生も配置し、部活動のプロの先生も配置し、少しでも先生をオーバーワークから解放し、適切に子どもの進路に向き合える環境を作るべきだと思う。

co-stepのビジョンはキャリア教育の社会課題の解決

画像6

ベネッセは50年以上学校現場と向き合ってきた。しかし、だからこそできないこともある。だから僕はco-stepで進路指導、すなわちキャリア教育の社会課題に向き合いたいと思っている。co-stepという会社を創業以来「出資ゼロ・融資ゼロ・連続黒字」で経営を続ける理由のひとつが会社を「キャリア教育の実験室」と位置付けているからだ。あらゆる規模の会社で勤め、学校教育の課題も実感してきた僕が思うキャリア教育の在り方を、誰からも邪魔されずに自分の足で歩むことで見つめたいと思っている。大企業のように整った環境とルールがあり、潤沢な資金があっては、キャリア教育の本質は見えないと思っているからである。

社名である「株式会社co-step | コーステップ」。これには、

「進路を(コース)」

「ともに(Co)」

「一歩踏み出すきっかけを(Step)」

という意味を込めている。つまり「進路をともに、一歩踏み出すきっかけを。」というのがco-stepのビジョンだ。そして「Co」と「Step」を繋げる「-(ハイフン)」には、co-stepのサービスですべて解決するのではなく、co-stepと共にかかわる体験こそが合理性を超えた感動を掴むきっかけであるという意味を持たせている。

大切なのは「手取り足取り一緒に人生を歩もう」というのではなく、あくまで「きっかけ」を提供するということにある。co-stepが提供する価値を通して、新しい道を歩むキッカケを掴むために背中を押してあげ、地に足つけて自ら一歩ずつ歩んでいける人をひとりでも増やしていければと思っている。つまりco-stepのビジョンは僕が思う究極のキャリア教育の在り方だと信じている。そしてco-stepでは「マーケティング/クリエイティブ事業」と「メディア事業」という2つの事業を通して、このミッションの実現を目指している。

スポーツはキャリア教育と最も相性が良いコンテンツ

メディア事業で自社サービスとしてspoitを運営している。これは初心者女子向けスポーツメディアだ。もっとスポーツの敷居を低くし、気軽に映画館に行くようにスポーツを知って体験できる世界を目指している。なぜならスポーツは最もキャリア教育と相性が良いと思っているからだ。初めましての人でも一緒にスポーツをすると最後にはハイタッチや抱き合って喜びあっている。そんな人の繋がりとコミュニティを生むことができる。「計画的偶発性」というキャリア理論があるが、まさにスポーツは計画的偶発性を生む。なぜならキャリア教育だと思わずにスポーツを楽しんでいるだけだが、結果的に今まで知り合えなかった人と知り合え、かつ仲が深まるからだ。スポーツを終えた後は一緒に着替えて(裸の付き合い)、ランチや飲みに行くことも多いだろう。そんな会話の中でお互いの大学や仕事、家庭の話をして盛り上がる。それをきっかけに転職したり、人生観が変わった経験のある人も多いのではないだろうか。


co-stepとは?
スポーツ・将棋の聖地、千駄ヶ谷に本社を構える創業6年目のスタートアップ企業。創業以来、融資ゼロ・出資ゼロ・黒字経営を続けることで自らの会社をキャリア教育の実験室と置く。マーケティング/クリエイティブ、スポーツ事業を通して、「感動への一歩目を共につくりつづける会社」として「進路を共に一歩踏み出すキッカケを」の実現を目指す。
■マーケティング/クリエイティブ事業
全職種の60%をひとりのディレクターが担当することであるべきメディア設計を描いたマーケティング戦略と、媒体に固執しないユーザーに最も最適なクリエイティブを行うディレクター集団。
■メディア事業
初心者女子向けスポーツメディア「spoit」&スポーツレッスンのCtoCサービス「spoit-match」を開発中。


いいなと思ったら応援しよう!

林 諒‪|‬フィットネスDX
co-stepで働くスタッフでマガジンも更新しています♪ぜひ見てみてください^^