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定食屋にて

私にはお気に入りの定食屋がある。

80歳近いおじいさんが一人で頑張る昔ながらの大衆食堂。

チェーン店がひしめく都会の中で、手作りの豚の生姜焼き定食が650円で食べられるこの店は、私のような庶民にとってのオアシスのような存在だ。

ある日、そんな平和な店に響き渡る怒鳴り声

「おい、カツ丼に髪の毛入ってたぞ!」

イカつい風貌の男性客が、運ばれてきた食事の中に髪の毛が入っていたと騒いでいる。

「この髪の毛入ったメシ食えっちゅーんか?この店は!」

そりゃ、個人営業の小さな店だし、多少の不備はあるかもしれないが、これは完全な言いがかりだ。
良心的な価格でやってるのに、その支払いすら渋る気でいるのか。

「何か不手際がありましたでしょうか」

店主のおじいさんが出てきて、丁寧に帽子を取って謝る。
その姿に男を含む周囲が目を丸くした。

「お、おう、この…髪の毛がな…入ってたんやけどな…」
途端にすごんでいた男だったが、おじいさんの頭を見て、男は明らかにトーンダウンしている。
そりゃそうだ、この店を一人で切り盛りするおじいさんの頭には、もう一本も髪の毛は生えていないのだから。

「お、俺の間違いやわ、すまんかったな」

すごすごと引き下がる男の姿を見て、私はスカッとして洗い場へ戻る。

さぁ、あと2時間、皿洗い頑張るぞ。

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