note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第52話
前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空飛ぶ円盤の観測会に誘われる。
「日本を代表する作家も来るし、宇宙人を出迎えることにもなるんだから幸子ちゃんも精一杯おしゃれをしないとな」
「たしかに異星人の出迎えにおしゃれをするのは礼儀にかなってますよ」
腹まき姿のバシャリがふむふむと頷いた。星野さんがさらに補足した。
「そういや三鳥由起夫が来るから報道陣も取材に来るらしいぜ。幸子ちゃんも新聞に載るんじゃないか」
まさか、そこまで大規模なものだとは思わなかった。そんな場所に行く服など持ち合わせていない。
やはり参加は辞退しよう、と決めた直後にバシャリが言い切った。
「星野、幸子のおしゃれはまかせてください。新聞の一面を飾るほどのおしゃれな服装で参加しますよ」
「そりゃあ楽しみだな」と、星野さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。とても断れる雰囲気ではなかった。
これから会社に戻るという星野さんを門まで見送ると、バシャリが念を押した。
「星野、小説楽しみにしてますよ」
星野さんは面倒くさそうに手をふった。
「わかったよ。でも出来が悪くても勘弁してくれよな」
星野さんの姿が消えたのを確認してから、わたしはたしなめた。
「あまり無責任なことを言わないほうがいいわ。星野さん困ってらっしゃったじゃないの」
「困っている? いいことじゃないですか」
バシャリは気楽に言った。
「新しい挑戦には、困難がつきものですよ。悩みながらも一歩ずつ足を踏み出す。それを、成長と呼ぶのですよ。
それは宇宙人でも地球人でも同じです」
「でも、小説なんて簡単に書けるものじゃないわ」
「心配無用ですよ。星野ならきっと素晴らしい小説を書いてくれます。まあ、楽しみに待ちましょう」バシャリは力強く言った。
バシャリが翻訳の参考にするため、辞書なる言語調査本が欲しいと言うので、五反田に出向くことになった。
健吉を連れて行くと時間がかかるので、マルおばさんの家に預けてから書店に向かう。
手ごろな辞書を購入してから川沿いの道を歩いていると、向こうから若い男女がやって来た。
二人の間には微妙に距離がある。お互い仲良くしゃべり合っているが、どことなく表情が硬い。
恋人同士だけれど、さほど関係は深くないようだ。なんだか気恥ずかしくなり、わたしは地面を見つめた。
「あなたたちは恋人ですか? どうですか?」
ぱっと顔を上げると、バシャリが二人に問いかけていた。奇妙な男にからまれ、二人は見るからに困惑した様子だ。バシャリは質問をくり返した。
「恋人ですか?」
「……そうだけど」彼が、腰をひかせながら答えた。
「おおっ、二人は恋人ですか!」
バシャリは歓喜の声をあげる。
「どうやって恋人になりましたか? 恋人は今からどこに行きますか? どうして恋人なのに手をつながないのですか?」
矢継ぎ早の攻撃に、二人はおろおろと顔を見合わせている。わたしは素早く駆けより、
「ごめんなさい。この人、ちょっとおかしいんです」
と、何度も頭を下げていると、彼女がさも気の毒そうに言った。
「気にしないで。私たちは大丈夫ですから」
たっぷりとあわれみが込められたその口調に、身悶えするような恥ずかしさを覚えた。
二人は、脱兎のごとく去っていく。
バシャリが口惜しそうに言った。
「あっ……まだ訊きたいことがあったのですが」
「あなたね、知らない人に話しかけるのはやめてちょうだいって、何回も注意したでしょ!」
「おおっ、そうでした。忘れてました」
バシャリがけろりとした顔で言った。
この人、わたしの言うことなんかちっとも聞かないんだわ! 頭から湯気がたつほど腹がたち、バシャリを置きざりにして、すたすたと歩きだした。
「すみません、幸子もうしません。そんなに怒らないでくださいよ」
わたしは歩く速度をゆるめない。バシャリが弁解の言葉を浴びせる。
「どうしても恋愛について知りたかっただけなのです」
「あなたは物知りなんだから恋愛のことにも詳しいんでしょ」
「いえ、いえ、私にも知らないことはたくさん存在しますよ。特に恋愛は、我々にとって理解不能な分野です」
「恋愛が?」と、ようやく速度をゆるめたわたしに、
「ええ、そうです」
と、バシャリはほっとした面もちで頷いた。
「我々も地球人と同様の生殖行為によって子孫を増やします。幸子もご存じのように男性の生殖器を……」
「ちょっ、ちょっとやめて!」
すぐさま中断させると、バシャリはぽかんとして訊いた。
「どうかしましたか?」
「どうしたもこうしたもないわ。とにかくその話題はつつしんでちょうだい」
一体、この人は何を考えているんだろうか。恥ずかしさで顔全体が熱くなった。
わたしの反応の理由がわからなかったのか、バシャリはしきりに首をひねっていたが、とりあえず話を前に進めた。
「まあ、アナパシタリ星人も地球人と同じというわけです。ですが、私の星には地球における男女の恋愛感情というものが存在しません」
「存在しない?」
よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。