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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第55話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空飛ぶ円盤の観測会に出るための服を作りに服飾学校に向かう。


→前回の話(第54話)

→第1話

美加子さんがメジャーを片手に言った。

「じゃあそこに立ってちょうだい」

さきほどまでの陽気さが消え失せ、声色に真剣さがにじんでいる。わたしはすぐさま鏡の前で直立した。

美加子さんは、てきぱきと採寸をはじめた。わたしの胸元にメジャーをまわすと、

「あらっ、あなた結構胸があるのね」

美加子さんは意外そうに言った。

「本当ですか? それはたしかに驚くべき事実ですね」

バシャリも同調する。

あわてて胸をかくした。この人たちには恥じらいがないのだろうか。

またたく間に採寸を終えると、メジャーを指に巻きながら美加子さんが訊いた。

「どんな服がいいかしら。何か希望はあるの?」

以前ショウウィンドーで見たまっ白なワンピースが脳裏をかすめた瞬間、言葉が口をついて出た。

「ワンピースとか……」

その言葉に自分自身でびっくりした。意識の底に埋もれていた願望が、勝手に浮かんだみたいだ。

「ワンピースね。ふん、ふん」

彼女は鼻歌を口ずさみながら、棚から布をさがし出した。

「これじゃないわね。これも違うわ」と、手にとると同時に投げ捨てる。こんなことをしているから部屋が散らかるんだ、と呆れつつ眺めていると、ある棚の前で美加子さんは手を止めた。

「おっ、いいのがあったわ」

ひとつの布が引き出される。

「綺麗……」

ぽろりと声がこぼれる。緑色を基調とした地に白の水玉模様が描かれている。水玉だけでも十分素敵なのに、白と緑の色合わせが絶妙だった。

「どうやらお気に召したようね」

その反応に気を良くしたのか、彼女は上機嫌で言い、紙と鉛筆をわたしに手渡した。

「どんなデザインにするか描きなさい」

「でもこんなに素敵な布、高いんじゃ……」

「これ、業者がサンプル用にって置いていったものなの。まったく使ってなかったからかまわないわ」

「そんな……それにわたし、デザインなんか描いたことありませんわ」

首をふるわたしに、美加子さんは「いいから描きなさい」と有無を言わせない口調で命じる。

しぶしぶ鉛筆を握り、紙に向き合った。けれど意に反して、手が勝手に動きはじめた。

ショウウィンドーのまっ白なワンピースを緑色に変えて、胸元にフリルを付け足した。

「幸子、上手じゃないですか」と、バシャリが声を弾ませた。わたしは夢中で鉛筆を走らせた。

「うん、いいじゃない」美加子さんは、わたしが描き終えたイラストを手にすると口元をほころばせ、ほうっと息を吐いた。

「プリンセスラインねーー胸のフリルも可愛いわ。素敵ね」

プリンセスライン……きらびやかなその響きが、さざ波みたいに体の中に広がっていく。

美加子さんは白地の紙を広げると、定規を片手にさらさらと鉛筆を走らせ、型紙を作りはじめた。

とんでもない速さだ。その踊るようになめらかな手つきに、つい見入ってしまう。

型紙を作り終えると、美加子さんは手早く布地を切りだした。あまりに無造作にハサミを扱うのでひやっとしたけれど、その心配はすぐさま消えてなくなった。

ハサミと指がひとつに重なり、音もなく布をさく。机の端から雪が降りつもるように、余った布が音もなく落ちていく。

水玉の雪……

緑の空から降りおちる純白の雪に、わたしは呆然と見とれた。

「さっ、できたわ。縫い合わせはあなたにやってもらいましょうか」

ハサミを置くと、美加子さんは手で首筋をもんだ。その言葉でようやく我に返った。

「おっ、やっと幸子の出番ですか。あなたがすべてやってしまうのかと心配しましたよ」

バシャリがあくび混じりに言った。

美加子さんはふふんとわらう。「そんな野暮じゃないわよ」と、わたしをミシンの前に座らせた。

「まずは、こことこことを縫ってちょうだい。失敗したらほどいてやりなおせばいいんだから気にせずにね」

「はい」と、わたしは緊張しながらも力強く足を踏み込んだ。よくしつけられた犬のように、ミシンは忠実に布を縫い合わせていく。

美加子さんの指示にしたがい、ミシンを操る。美加子さんの声とミシンの振動の他には、何も感じられない。

ただ、ひたすら布と糸の世界に没頭する。おだやかな海に浮かぶような心地よさにひたり続けた。

「じゃあ、今日はここまでにしましょう」

わんと耳の中で声がうねった。ミシン以外のものが目に入り、周囲のざわめきが聞こえる。ようやく現実の世界に戻った。

わたしはゆっくり、長く息を吐き出した。気がついたら一時間も経っている。これほど集中したのは、生まれてはじめてだった。バシャリが手を叩いた。

「幸子、素晴らしいミシンの腕前でしたよ」

「あなたまだいたの?」

素直に驚くと、バシャリが口をとがらせた。

「いたのじゃないでしょう。ずっとここで幸子を見てましたよ」

美加子さんがおかしそうに間に入った。

「集中したらそうなるのよ。じゃあまた来週、仕事終わりにでも来てちょうだい」

「えっ……あっ、はい」

まさか来週も来ることになるとは考えていなかった。バシャリは自分を指さした。

「私は、どうしましょうか?」

「あなたは来なくていいわ」と、美加子さんが手をふると、バシャリがへそを曲げた。

「どうしてですか。宇宙人差別はやめてください」

「冗談よ。冗談。あなたも来てちょうだい。人間でも宇宙人でも、それだけ男前なら目の保養になるわ」美加子さんは大口を開けてわらった。

第56話に続く

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