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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第51話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。父親の周一の動向を探るため、周一を尾行することに。


→前回の話(第50話)

→第1話

バシャリと二人で家路についた。ベタベタと壁に貼られた映画ポスターの横を通り過ぎる。

いつもなら目をひかれるけれど、今はそんな気分ではなかった。バシャリが伸びをしながら言った。

「いやあ、やはり周一は博打などやっていませんでしたね。良かったですね」

「……そうね」

お父さんは、遊び回ってなどいなかった。一日中、懸命に働いている。その稼ぎは、おそらくあの女性に渡しているのだろう。

でも、昼間の給料だけで十分じゃないんだろうか? なぜあれほど必死に働いて、彼女を援助するんだろうか? 

もしかして彼女に借金でもしているんだろうか? でも、二人の間にあったおだやかな空気がそれを否定していた。

とてもそんな間柄には見えなかった。じゃあ、一体なぜ……

疑問が、頭の中をかけ巡った。そしてその答えの行き先は、どこにもなかった。

9

ある日、郵便局で手紙を出してから家に戻ると、バシャリがちゃぶ台の前に座り、「あー、ぜんぜん上手くいきません」と悔しそうに鉛筆を放り投げたところだった。

何をしているのかと手元を覗き込むと、バシャリは絵を描いていた。へたくそな絵がちゃぶ台の上に載っている。おそらく漫画のロボット少年だ。

「漫画とは難しいものですね。健吉はなぜあれほど上手く描けるんでしょうか?」

と、首をひねっている。近頃時間さえあれば、この少年の絵を練習しているのだ。

「あなたそんなにこの子が好きなの?」

ええ、見れば見るほど髪形が二カ所鋭角なこの少年にはひきつけられますよ。

実は地球を訪れる前に、彼を目撃したことを思い出したのです。あのときは、これほど素敵な人物だとは思わなかったのですが。

やはり地球生まれのこの少年は、地球で見るのが一番なのかもしれませんね」

地球を訪れる前? 地球以外の星で、この漫画があるとは思えないけれど……

「ねえ、他の星で……」

と訊きかけたところで、庭からはつらつとした声が聞こえた。

「おはよう。二人ともいるな」

二人同時に顔を向けると、星野さんが立っていた。

「星野さん、今日は何をしにいらっしゃったの?」

「もちろん暇つぶしさ。ここだとタダでお茶が飲めるからね」

「まあ、ずいぶんだわ」

頬をふくらませると、星野さんは愉快そうになだめた。

「冗談だよ。冗談。幸子ちゃんの淹れるお茶は絶品だからね。あれが目当てで来てるんだよ」

「そうですよ。幸子のお茶を淹れる能力は日本でも相当の上位だと近辺で評判ですよ。自信を持ってください」

「誰がそんなこと言うのよ」と言い返しつつも笑みがこぼれる。これでわたしの負けだ。

三人で縁側に腰かける。わたしが淹れてきた熱いほうじ茶を一口啜ると、星野さんが切り出した。 

「ちょっと迷っていることがあってね」

バシャリが話をうながした。「一体、何をですか?」

「空とぶ円盤研究会に柴田さんっているだろ」

「おお、柴田ですか」と、バシャリが反応した。わたしには誰のことかわからない。

この前の例会で、彼がSFの同人誌を作らないかと提案してね。つい仲間に入れてくださいと言ってしまったんだ。

でも後から考えると、小説なんか僕に書けるのかと悩んでしまってね……」と、星野さんは考え込んだ。

たしかに製薬会社の仕事と、小説の執筆は正反対の作業に思える。

本当に書けるんだろうか、とわたしまで心配になったのに、バシャリは朗らかに答えた。 

「ぜひやってみるべきですよ。星野」

「そうかい? 僕に書けるかなあ?」星野さんは、自信なさそうに言った。

つい、というのが大切なのですよ。

頭ではなく、心が反応したというのが重要なのです。それは魂が求める証拠ですよ。

以前、星野の将来への答えはもうすぐだと言ったでしょう」

「ああ、そういえば言ってたな」

その答えが、小説に潜んでいるのかもしれません。ぜひ書いて、私たちに読ませてください」

星野さんの顔にふっと笑みが広がった。

「そこまで言われちゃなあ。わかったよ。とりあえず書いてみるよ」

また無責任なこと言って、とわたしはバシャリに批難の目を向けたけれど、バシャリは気にした様子もなく、吞気にほうじ茶で喉を潤していた。

すると、星野さんが何かを思い出したように言った。

「そうそう、すっかり忘れていた。荒本さんに伝言を頼まれていたんだ。今度羽田で空飛ぶ円盤の観測会をするみたいで、ぜひ二人にも来て欲しいそうだ

「行きます!」と、バシャリが間を置かずに手をあげた。

円盤の観測会……とても常識ある人間が参加するものではない。

「わたしは、ちょっと_」と断ろうとすると、

「特に、紅一点の幸子ちゃんにはぜひ来てもらいたいと荒本さんが言ってたぜ」

星野さんに退路を断たれた。バシャリが胸をたたいた。

「当然ですよ。幸子はすでに空とぶ円盤研究会になくてはならない逸材です。

荒本が車でひき逃げされる、もしくは隕石が後頭部に直撃する、などの突発的な不幸に遭遇して即死すれば、次の会長は間違いなく幸子です。

天変地異が起ころうが、観測会には参加します」

そんな訳ないでしょ! と反論しようとしたとき、星野さんが付けくわえた。

「そういえば三鳥由起夫も来ると言ってたな」

「本当?」

思わず声が高くなった。そうだ、三鳥由起夫が会員なのをすっかり忘れていた。目論み通りだったのか、星野さんがにやっとわらった。

第52話に続く

作者から一言
星野がひょんなところから小説執筆を頼まれました。これはモデルの星新一先生のエピソードです。新聞記事で見た空飛ぶ円盤研究会の記事で入会し、同人誌に載せる小説を書いて欲しいといわれるわけです。

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浜口倫太郎 作家
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