note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第53話
「はい。アナパシタリ星人は感情には敏感なのですが、なぜか恋愛感情だけは感じとることができません。
これはアナパシタリ星人だけではなく、周囲の銀河すべての星人たちにも共通する症状です。
なぜ我々は恋愛感情を感じることができないのか?
他の星に進出するようになってその感情の存在を知って以来、優秀な学者たちが長年理由を研究していますが、まだ判明しておりません」
「じゃあ結婚はどうするのかしら?」
「結婚ですか?
アナパシタリ星にも似たような制度がありますが、私たちの場合は中心概念存在が決定します」
「中心概念存在?」
バシャリは、少し考えるような表情を浮かべてから答えた。
「私たちの星は星自体が意思を持っています。まあ、その意思もアナパシタリ星人の無意識概念を感情透過能力により実体化したものなのですが……そこは複雑なので省略いたしましょう。
要するに時機がくれば星がふさわしい男女を選び、その二人が子孫を残すというわけです」
「勝手に決めるの? おかしな星ね」
「おかしいですか。日本におけるお見合いという制度も似たようなものでしょう。
中心概念存在が決めるか、親もしくは周囲の人間が決めるかだけの違いです」
言われてみればその通りなのだけれど、このまま引きさがるのも悔しい。
「最近ではそうでもないわ。わたしの先輩の西園さんは恋愛結婚で、ついこの前赤ちゃんもできたのよ」
と、西園さんの話題を挙げると、バシャリは関心を示した。
「ほうっ、そうですか。日本にも、ようやく恋愛という概念が普及しはじめた証拠かもしれません。
恋愛に関する情報を収集することは、アナパシタリ星の宇宙飛行士の任務のひとつでもあります。
恋愛感情の解明は我々の悲願ですからね。だから恋愛中の恋人という種族にいろいろ訊きたいのですよ。
同じ恋人でも以前の喫茶店の男女とさきほどの男女とでは、ずいぶん雰囲気が違いました。これはなぜでしょうか?」
喫茶店の男女とは、派手な格好をした月光族の若者だ。あの妙な前髪が頭をかすめた。
「あのキテレツな装いの男女は手をつないでいました。ですが、さきほどの男女は手をつないでいません。
なのに、恋人だと宣言しました。一体、どうしてですか?」
最も苦手な分野の質問だ。わたしは言葉を濁した。
「……そんなこと、知らないわ」
「たしかに恋愛に疎い幸子に訊いてもわかるわけがなかったですね。失敗でした」
その言い草にむかっとしたが、たしかに間違いではないので、そのままやり過ごした。
するとバシャリが「そうだ」と声を発し、突如わたしの手を握ろうとした。
わたしは手をふりはらい、「なにするの!」と、悲鳴をあげた。意表をつかれた行動にあわてふためいた。
頬が熱をおび、またたく間に体温があがった。心臓が耳元にまで飛び出したかと思うほど、とんでもない心音が聞こえる。
「すみません。手をつなげば恋愛感情が理解できるかもと考えまして……」
わたしの動揺の凄まじさに、バシャリもおろおろした。
「……二度とこんなことしないで_」
気が動転しているのを悟られないように、わたしはうつむいた。
「すみません。幸子。まさか恋人以外の異性が手を握るという行為が、地球人にとって禁忌だと知らなかったのですよ」
バシャリは何度も謝罪の言葉を述べたが、一切耳に入ってこなかった。
信じられないわ。突然手を握ろうとするなんて……
恥ずかしさのあまり、顔が上げられなかった。バシャリの手の感触がいまだに消えない。思い返しただけでも、体中がほてってしかたがなかった。
ようやくその衝撃がおさまったころ、バシャリが弾むような声で言った。
「空飛ぶ円盤の観測会は非常に楽しみですよ。三鳥でしたか。彼は著名な作家なのだから物知りでしょう。
地球において男女の道に精通する人種は、小説家だと聞きました。
男女だけではなく、男と男の道に精通する強者もいるそうではないですか。
地球はその点においては格段に進化していますね。三鳥にいろいろ訊きたいものですよ」
三鳥の名前でハッとした。
「そうだわ。おしゃれして来いと言われたけど、わたしそんな服持ってないわ」
ちらりといつものスカートに視線を落とした。こんな粗末な身なりで行けるわけがなかった。バシャリが気軽な口調で言った。
「じゃあ買いに行きますか」
「そんなお金あるわけないじゃない……」
わたしの少ない給料では、そんな贅沢ができるわけがない。お父さんがあの女性にお金を手渡す場面が頭をかすめた。どうしてあの人にあれほどの大金を……鬱屈した気持ちが、体の奥からせりあがってくる。
「……やっぱり断ろうかしら」
「とんでもない。三鳥も来るのですよ。幸子は大ファンじゃないですか」
「そうだけど……」
声が、ぽとんと地面に落ちる。おしゃれをしたい。素敵な洋服を身にまとい、街を出歩きたい。そんな願望を昔から抱いていた。でも、そんな贅沢ができるお金も時間もどこにもない。
だから、その気持ちから必死で目をそむけ続けた。でも、ふとしたときにその感情が心の隅でちらつく。そして、それにとらわれる自分が、本当に嫌だった。
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