シンガポールの言語あれこれ
圧倒的に華人が多い国家でありながら、マレー語 (Bahasa Melayu) を国語とするため、シンガポールで一般的に交わされる英語は聞き取りにくい。これは「シングリッシュ」(Singlish) と呼ばれる、英語じゃないような英語。でも楽しい。
「喋れるだけではダメよ。発音が美しくなければ。音楽家なんだから」とは亡き師の言葉。顎の動きを見ながら、言葉の響きに耳を澄ます。そして真似る。私が語学で習慣化していること。
シンガポール独自の言語はなく、マレー語、中国語、タミル語、英語の4つを公用語とする。ただし憲法などの行政文章では、英語が標準的に使用される。イギリス植民地時代に中国やインドネシア、インドなどからやって来た移民の子孫で構成される国ならではの合理主義的なバランス感覚。
英語のアルファベットを使うマレー語は、そのままローマ字読みすればよいので、発音に限ればベトナム語よりはるかにシンプル。もっとも、読めたところで意味がさっぱり分からないのはいつものこと。まったりとした響きで、菓子や飲み物がとにかく甘い国らしい言葉だなあ、というのが音楽家の偏見に満ちた感想。
言語のおもしろさは、外来語の表記法や発音に表れると思うので、マレー語の例をいくつか。restoran, teksi, kopi, klinik, sentral, komputer, vakum…
タミル語にいたっては、絆創膏を外されて悪魔的で超人的に変身する「三つ目がとおる」の呪文にしか見えない。かなり古い言語のひとつで、エジプトがまだヒエログリフ(聖刻文字)を用いていた頃に遡る。これが街中に溢れているのも、シンガポールやマレーシアならではの光景。
インドには少なくとも30の異なる言語が存在して、2,000ほどの方言があるという(資料によって数字はまちまち)。公用言語の扱いはきわめて曖昧で、イギリスがプランテーションの働き手としてタミル人をマレーシア半島に移住させなければ、タミル語がシンガポールの公用語になることもなかっただろう。
ちなみに、言語の数が多いインドでは、他の国の言語に比べると文字フォントの選択肢がそれほど多くないらしいのだが、元々デザイン性の高いタミル語の場合、フォントが変わるだけで印象を異にする。
リトル・インディアのようなシンガポールのインド人街では、英語の表記までタミル語のようなフォントである。そこにインドポップが大音量で聞こえてきて、お香の匂いが立ち込める。お香は古代から浄化と保護の効果があると信じられているそうだが、タバコよりも高濃度のPM2.5が長時間浮遊し、色とりどりの着色料が加わるとなると、私の身体には良くなさそうだ。
いずれにせよインド世界はカオス。
日本より1時間遅く、シンガポールも8月になった。
古来より時空を超える情緒が大切にされる日本語では、文月から葉月へと暦をつなぐ。民族や文化のひしめきを感じつつも、雑踏の中でふと見かける日本語に静かな郷愁を覚える。
1/8/2023, Singapore