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第9回ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクールの審査を終えて

 ウィンタータイムのヨーロッパは、夕暮れがとにかく早い。ブダペストへの帰還では、鉄道が霧に覆われた大平原を走り抜けたが、それもつかの間、闇がすべてを包み込んだ。鉄道の機関音が車内に響き始めると、ライヒの音楽がどこからともなく重なり聴こえてくるようで、私はしばし心の置き所に困った。

 《Different Trains》は1988年に発表された弦楽四重奏とテープのための作品で、ライヒは戦前・戦中・戦後の列車旅行をテーマに、列車が運んだ「乗客」が大きく異なる現実を描き出す。以下の3つの楽章から構成されているが、〈戦前のアメリカ〉では列車が平和的な旅の象徴だったのに対し、〈戦時中のヨーロッパ〉では列車がホロコーストで犠牲者を運ぶ恐ろしい手段に変わる、という対比が核心。

   1. America, Before the War
   2. Europe, During the War
   3. After the War

 混迷を極めるヨーロッパ情勢にあって、地政学的立場も活かしたヴィクトル・オルバンという強い指導者を持つハンガリーは、今かろうじて「東西の間でのバランス」を保つ役割を果たしていると言えるかもしれない。しかし、走るほどに限界が近づく。次に現れるのはどのような景色なのか。この不安に満ちた車窓から、私は美しい景色を探し当てることができるだろうか。


バイチジリンスキ通りから
聖イシュトヴァーン大聖堂を望む

 さて、ブダペストの新しい週も、深い霧の中から始まった。先週から開催されている IX. Danubia Talents International Music Compeitition は、残すところピアノ部門のみとなった。手袋を持参しなかったことを後悔しながら、コンクール会場のあるカールヴィン広場 (Kálvin tér) まで通う3日間だったが、コンクールでの新しい才能との出会いを考えると、心は小躍りしていた。

llaria Loatelli (左), 筆者 (中央), Kiss Julianna (右)

 連弾(ピアノ1台4手)のエントリーは例年よりかなり少なかったが、ピアノソロに入ってからはどのカテゴリーも出場者で溢れ、初日は Cat. C(14~17歳)がひたすら続いた。12分の持ち時間が許されたこのカテゴリーでは、多様なプレゼンテーションができる。

 2日目の Cat. D(18歳以上)では持ち時間が20分となり、出場者の国籍が多彩な分だけプログラムもオリジナリティに溢れ、各々のストーリーが明確。日本でコンクールや大学の試験で審査していると、世の中には50曲くらいしかないのかというほど既視感のある曲目ばかりが並ぶ。世界はもっと広大なのに、とも思う。この日は朝8時40分から審査が始まった。

 3日目は持ち時間が8分の Cat. B(10~13歳)、そして Cat. A(9歳以下)という流れだったが、最もエキサイティングなのは毎回のことながら Cat. B。ここに未知の輝きを秘めたスターの原石が並ぶ。そしてオーストリアからポーランド、ウクライナまでの、いわゆる東欧勢がひしめくので、「お国もの」がいずれも魅力的。

最終日のガラコンサート&授賞式。

 このコンクールがヴァーツで設立された2016年から審査員として携わり、決して多くはないとはいえ、やがてスターダムな演奏家になるにちがいない若者たちに接してきた。私自身もハンガリーにとどまらず、イタリア、スペイン、オーストリア、トルコ等でも国際コンクールの審査に招かれるようになり、マスタークラスもさまざまな国で担うことになった。
 そうした経験からも、今回(第9回)はとりわけレヴェルが高かったと言える。カテゴリーが終わるたびに審査員控室での会議は長時間を要した。賞の数に限りがあり、点数で表さないといけない現実の、なんと非情なことよ!

 夜遅くまで参加者へのフィードバックが続いたが、紙に書いた講評を渡すよりお互いに有意義だと思う。フィードバックのたび、写真撮影をしてはSNSのアカウントを交換する。ヨーロッパの若者たちはセルフプロデュースにも長けている。SNSで若者たちの成長を見るのも、一つの楽しみなのである。

2016年10月の第1回開催(ヴァーツ文化会館)。
第4回以降、会場がヴァーツからブダペストに移った。

20 November 2024, Budapest

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