ジョホール・バル 異境への扉
旅の魔法に魅了されて、私はクイーン・ストリート (Queen St.) のバスターミナルからジョホール・バルへ向かった。シンガポールとの北緯は12分ほどしか変わらないが、熱帯雨林を抜けてウッドランズ (Woodlands) に至るあたりから、自然と心が高鳴る。
国境となるジョホール海峡を渡れば、そこはマレー世界!
20年ぶりのジョホール・バルは、すっかり変貌を遂げていた。国際空港のターミナルを想わせる立派なイミグレーションビルに始まり、メインストリートに広がる現代的なデザインと高層ビルの林立。
かつてぼろぼろのバスから降り立った埃まみれの街は、一体どこに消えたというのか。古い『地球の歩き方』は捨てるものではないと、つくづく思い知らされる。
メインストリートの西側を走るジャラン・ドービー (Jalan Dhoby) 周辺に足を踏み入れると、記憶の中に刻まれた光景が姿を現す。
20年前に訪れたその日はタンプーサム(ヒンドゥー教の祭り)が行われており、多彩でエキゾチックなパレードが熱気を纏いながら行進していた。針や串で身体をピアスした行進者たちが、孔雀の羽根で飾ったカバディ (kavadi) を担ぎ、神輿を持ち上げる奇祭。宗教の熱情と東南アジアのパワーを実感した旅だった。
マレーシアはイスラム教の国家だが、ジョホール・バルにはスンニ派のモスク(マスジッド)だけでなく、ヒンドゥー教や道教の寺院、そしてカトリックの教会も建つ。ヒンドゥー教にイスラム教を取り入れたシーク教の寺院まであり、宗教のるつぼとも言うべき場所だ。
さまざまな神をさまざまな形で信じる人たちが共生する。多民族国家としての寛容さが、ジョホール・バルのあらゆる場所で溢れ出ている。
マレーシアで知った単語に jalan がある。これだけだと「道」という意味だが、jalan jalan と重ねると「散歩」「散策」になる。旅行雑誌『じゃらん』の名前の由来でもある。
今日も Google Map だけを頼りに、朝から36℃を超える炎天下を歩き続けた。小さな道まで隈なく歩くと、そこに住む人々の暮らしが見え、音や匂いに接することで、躍動する街の生命力が肌で感じられる。
感覚が開くと心が開く。心が開くと、未知の境界線を押し広げてくれる。純粋な好奇心が動機でも、異世界との出会いは、時に自分が置かれた環境、あるいは自分自身から抜け出すきっかけとなる。
だから旅先ではひたすら歩こうと思う。物心がついた頃からピアノをひたすら弾き続けているのと同じように。
追記:
雑多で、清潔とは言い難いジョホール・バルの旧市街だが、意外もストリートアートの聖地であることを知る。フォトアルバムは上掲。
2/8/2023, Johor Bahru (Malaysia)