【独占インタビュー】エゴン・シーレ〜乙女らは皆、僕の前で服を脱ぐ〜
1918年、初夏。
私はウィーンではまだ珍しかったアート専門の女性ライターとして活動していた。
そして、クリムトの後継者と目され、飛ぶ鳥を落とす勢いだった若き天才、いや鬼才の画家、エゴン・シーレにインタビューをする僥倖を得た。
これは、その時のテープを起こしたものである。
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シーレ:「今日はお招きありがとう。素敵なホテルだね。気に入ったよ。ここ、座っていい?」
私:「どうぞ。今日は忙しいところ、ありがとうございます」
シーレ:「ハハ。いや何、君みたいな綺麗な人と会えるならどこへでも行くよ。ところで今日は君1人?そう?それはいい。その胸のブローチ、とてもよく似合ってる。もっとも、もう少し派手な色でも…君の黒髪とは合う気がするけどね」
私:「恐縮です。あの、早速なのですが、この間の第49回ウィーン分離派展についてお聞きしたいのですが。戦時中にも関わらず、あなたは50点もの作品を描き、話題をさらいました」
シーレ:「ふん。作品の数だけじゃない。内容も他の作家とは全然違う。僕は女性の性を描いた」
私:「それについては、内容が過激過ぎるとの批判もありました」
シーレ:「批判?僕には褒め言葉に聞こえたね。君も観たのかい?」
私:「はい、拝見させて頂きました。私があなたの作品を初めて観たのは1908年の個展の時です。あれが、あなたの初個展ですね。以後、あなたの活動には注目していました」
シーレ:「ほぉ。嬉しいね。僕が18の時だから、10年前だ。あの個展はグスタフの助けがなければ到底、叶わなかった。彼には感謝しかないよ。それが…まさかあんなことになるなんて。彼がもうこの世にいないと思うと…今でもどうかなりそうだ。この気持ちはとても…ふふ、どんな女性でも癒せない」
私:「お察しします。グスタフ・クリムトとの出会いはあなたがウィーン美術アカデミーに入学した頃でしたね」
シーレ:「そう、あの学校ときたら高い金を取るくせに、全く前時代的なんだ。あんなところにいたって、絵描きになんてなれやしない。せいぜいなれて、口達者な評論家くらいだ。いるだろ?君の周りにもそんな奴らが」
私:「ふふ。そうですね。それで、学校を辞めて工芸学校時代の先輩だったクリムトの工房の門を叩いたと?」
シーレ:「そんなところさ。ところで君、僕の絵を観たなら、感想を聞かせてくれ。君もあれを、ふしだらなポルノと思ったかい?」
私:「いえ、今回の一連の作品は、あなたが以前より取り組んでいた人体のポージングや誇張にこだわった表現の延長に思えました」
シーレ:「ふん。優等生な答えだね。もう少し、面白い感想が聞けると思ったんだけどな。実際、今回の展覧会に出した絵はそんなお行儀の良いもんじゃない。いいかい?想像するんだ。部屋に男と女がいる。男は絵を描く。そうしたら女は…どうする?1つしかないだろ?簡単な話さ」
私:「簡単とは?」
シーレ:「僕にはミューズが沢山いる。みな、僕の芸術を高め、支えてくれる。その美しい裸でね。何故かな、皆、僕を前にすると服を脱ぎたくなるみたいだ。不思議だろ?」
私:「興味深いお話です」
シーレ:「なら君も、試してみるかい?」
私:「いえ、それはまた別の機会にでも」
シーレ:「そうかい。楽しみにしてるよ」
私:「それより、ヴァリ・ノイツェルとのことについて聞かせてください。彼女こそ、貴方にとって最高のミューズだったのでは?」
シーレ:「青い目と、ブロンズの髪が美しい子だった」
私:「彼女について、言うことはそれだけですか?」
シーレ:「何が聞きたい?」
私:「なぜヴァリと別れたのですか?」
シーレ:「つまらない質問だ。"時が来たから"さ」
私:「世間ではあなたが社会的地位を安定させる為に、ヴァリを捨て、中産階級の娘であるエーディトと結婚したと言われています」
シーレ:「馬鹿馬鹿しい」
私:「あなたはエーディトに求婚しながら、年に1回一緒にバカンスに行くことを条件に、ヴァリも繋ぎ止めようとしたそうですね」
シーレ:「僕と僕の芸術にとって必要だったからね。僕らが出会ったのは1911年。僕は21歳でヴァリは17歳だった」
私:「ヴァリと別れ、エーディトと結婚したのが1914年ですね」
シーレ:「そう、その3年間はハチミツの中を2人で漂うような日々だった。甘く息苦しく、濃密で混沌としていた」
私:「ヴァリとの絆が深まったと?」
シーレ:「喧嘩も絶えなかったがね。原因は僕が女の子を次から次へアトリエへ連れ込むからなんだが…それも仕事だからね」
私:「クリムトも、沢山の愛人がいました。女性に手を出すのが早いのも、"師匠譲り"ですか?」
シーレ:「そういう皮肉は、嫌いじゃない。優等生な発言をしている君よりずっと良い」
私:「あなたはウィーン近郊のノイレングバッハでヴァリと同棲中、14歳の少女を家に連れ込み、一夜を共にし、警察に拘留されていますね」
シーレ:「参ったな。あの事の取り調べはもう済んだと思ったんだが?」
私:「ヴァリは、果たしてあなたと居て幸せだったのでしょうか?」
シーレ:「……。君は少し、口を慎んだ方がいい。その発言は僕をじゃない、彼女を侮辱している。君も知っているだろう?愛すべきグスタフと同じだ。彼女ももう、この世界にいないんだぜ?」
私:「彼女はあなたと別れたあと、従軍看護師に志願し、病死したんでしたね」
シーレ:「あぁ。去年の話だ。全く…やりきれない。分かるだろう?」
私:「ええ」
私:「今後はエーディトがあなたのミューズ、つまり専属のモデルになるのでしょうか?」
シーレ:「もちろん、エーディトも描く。でも他の人間も描く。それが僕という画家だ」
私:「これまでもモデルとの性的な関係が取りざたされてきましたが、それも変わらずですか?」
シーレ:「性的な関係?誰が言ってるんだい?そんなこと。どうせ言うならもっとエレガントな言い方はないのかい?陳腐だね」
私:「…」
シーレ:「食ってるんだよ。僕も、彼女達も。僕は彼女達の中に入り、取り込まれ、ひとときの倦怠と快楽として消化される。僕も彼女達を内側から咀嚼し、分解し、再構築するんだ。エゴン・シーレの絵として」
私:「あなたの描く女性はどれもどこか歪み、欠落しているように見えます」
シーレ:「それは僕自身の“欠落”だろう。でなきゃ、絵など描いてない。どれだけ描いても、食べても、満たされることなどないのさ。養分となる、柔らかな肉を探してしまう」
私:「ところで近々、ウィーン13区ヒーツィング・ヴァットマン通り6番地に新しいアトリエを作るとか?高級住宅地ですね」
シーレ:「あぁ。完成したら遊びに来てくれ」
私:「ぜひ。新しいアトリエの建設も始まり、画家として成功したという実感はありますか?」
シーレ:「多少、お金に余裕ができたのはありがたいね。なんせ20代の初めなんて全く金がなかった」
私:「話を蒸し返すようで申し訳ありませんが、20代初めといえば、ヴァリと過ごしていた頃ですね」
シーレ:「いや、いいんだ。実際、ヴァリといた頃はその通りだったんだから。僕がヌードなんて描くもんだから、どこへ行っても煙たがられ、追い出されてね。おかげで金もないのに2人で引越しばかりさ。ほとほと困ったよ」
私:「その割には、なんだか楽しそうに話しますね」
シーレ:「ヴァリとのことは、全部そうさ。全部楽しくて、辛くて、夢みたいだった」
私:「幸せ、だったんですね…」
シーレ:「あぁ、僕がね。彼女も、そうだといい。今となっては、そう願うばかりだ」
シーレ:「すまない。話が脱線したね。成功者としての実感だっけ?そんなものはないよ」
私:「高級住宅地にアトリエができてもですか?」
シーレ:「それは単に金の話だろ?僕は…僕はまだ探してるんだよ」
私:「何をですか?」
シーレ:「……」
シーレ:「……この絶望という穴の底から、這い上がる方法をだよ」
私:「絶望?」
シーレ:「もういいだろ。テープを止めてくれ」
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テープはここで途切れている。
このあと、彼は私の制止を振り切って、部屋を出て行ってしまった。
そしてその数カ月後、スペイン風邪による突然の彼の訃報。
数々の女性と関わりながら、それでも抱え続けた絶望とはなんだったのか。
その言葉の真意を尋ねる機会は、もう永遠にない。
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