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オンライン慣れと機嫌の関係

「不機嫌は暴力」という文字面を見た。

わかるような、、、でも、肯定する気にはなれないような、否定する気もないような。

その文字面を見て、不機嫌にならないように尽力している人々の何かを感じたよう気がして、ふっと息苦しさも感じた。

確かに、不機嫌な人を前にした相手からすれば、この主張は正当なようにみえる。

人によって過ぎるイメージや感覚は随分と異なるかもしれない。

以前の自分なら間違いなく、機嫌はいいに越したことはないと思ったに違いない。

では、今の自分は?正直、抵抗がある。

Zoomを使用するようになったのはコロナの少し前。その頃は、大きなパソコン画面いっぱいに映る様々な顔や表情。どうしても、不安げな表情の方ばかり拾ってしまう。

発言しようとして入れなかった顔や、誰かとかぶって自然消滅した言葉、発言者に対する反応や、逆に無反応で別のことを考えている表情。

スピーカーにピンしたら、今度は粗が目について頭に入ってこない。自分の性格が悪いんだろうか(笑。

できるだけイヤホンを使用しないようにして、音も小さくして、、、なんてこともやっていたが、回数を重ねるたびに少しずつ慣れてきた。

とうとう、苦手だったパワフルな自分の倍以上年上の方々に対しても、なんとか力をかけずして過ごせるようになってきた。

ここまで2年近くかかっているが、慣れてきたことには変わりない。

ふと、その大御所方ですら、ご機嫌を深く(?)伺わわずに話すようになっている自分に気づく。と同時に、以前は目についてしょうがなかった不安な表情や一瞬浮かぶ不機嫌な感じも、拾わなくなってきた。

それどころか、厳しい表情の合間に一瞬みせる、柔らかい表情ばかりが目に留まるようになってきた。

これ、年の功ですかね?

これなら、相手が不機嫌でも、自分は自分のままでいられるようになるんじゃない?

そしたら、相手は不機嫌になりたい時に不機嫌に、自分も自由に機嫌を行き来できてよくない?

お互いに感情や機嫌を自由に行き来できれば、もっとストレスをためずに過ごせる方法がたくさん増えるかも、なんてね。

もちろん、自分の感情や機嫌をぶつけて、発散するようなことだけは、OKにはならないと思うけどね。

そんなことを思った。

どついちゃいや❤️だけど、どつきたいこともあるよねー的な方向で、日々過ごせたら。もっと何かが変わるかも。

今、できること。心にミットを(笑。

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事務局ユリーダさん
在宅ワーク14年目の法務寄りの事務方さん。 元弁護士秘書でうたうひと。QOLを高めるサービスの会社に従事。永遠のテーマは共存共栄。価値観の多様性をそのままに一人残らず対応したい。