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【連載小説】「八月の歌」第三話

 ふと気が付くと、砂浜にぽつんと一人、水着姿でこっちを見ている少女が見えた。歳の頃は十七、八歳くらいだろうか。すらっとした細身の身体は、海水浴客に似つかわしくない白い肌をしている。遠目なので容姿までははっきり見えなかったが、長い髪の毛を涼し気に風になびかせていた。
「まさか、あんなかわいい子が、ぼくを見ているわけないよな」
 
 前方の車がのろのろ動き出したので、真司もそれに続いた。真司のトラックは砂浜をゆっくりと通り過ぎて行った。
 
 客先の会社に着いた時には、午後四時を回っていた。一時間以上の遅刻だった。
「遅れるなら遅れるって連絡くらいしろよ」
 相手会社の総務課長は、いかにも不満そう態度で真司を怒鳴りつけた。
 
「すみません」
「あんた、携帯電話、持ってないの」
「持ってません。すみません」
「こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいんだ。車だってもっと早くに必要だったんだよ。それをたかがバッテリーの交換に一週間もかけて、その上に納車に遅刻するなんて、ちゃんと商売する気あんのぉ」
「すみません」
「もういいけど・・・。君、謝罪するときは、『すみません』じゃなくて、『申し訳ありません』だ。よく覚えておきなさい」
「あっ、申し訳ありません」
 
 真司はひたすら謝り続けてその場をしのぎ、客先の会社を後にした。これから一時間程して工場に戻ると、また謝らなければならない。入社してから事あるごとに謝り続けて、気が付けば謝ることに慣れてしまっていた。

<続く>

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鈴々堂/rinrin_dou@昭真
小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。