【ショートエッセイ】桜色の世界
幻想的な世界に包まれて、ぼくは一人立ち尽くしてしまった・・・。
単身赴任で横浜に住んでいた。
お金もないし、仕事が忙しくかったし、家に戻れない休日はひたすらワンルームにこもっていた。
春になって桜が咲き始めた。
さすがにこの時期は、ワンルームでじっとしていられない。
ぼくは外に出て、桜を見に行くことにした。
電車に揺られて、目指した先は鎌倉にある鶴岡八幡宮。
大きな神社だ。
境内の中を、ぼくは桜を見ながらしばらく歩いた。
時間はたっぷりある。
どこかに立ち寄ろうかと思うと、小さな庭園が見えた。
確か入場料は300円だったか。
ぼくは迷うことなくそこに入って行った。
細く長い散策路の脇に桜の木が立ち並ぶ。
桜を間近に感じられた。
ぼく以外に人はいなかった。
しばらく歩いていると、少し強い風が吹いた。
桜の花びらが一斉に舞い散った。
辺りは一瞬で桜色に染まり、今までいた世界からぼくは遮断されてしまった。
何も見えない。
かと言って、手で顔を覆って防御しながら、そこから脱出しようとする気などさらさらなかった。
桜色の世界の中で、ぼくは足を止めて一人立ち尽くしてしまった。
それは夢の中にいるような幻想的な空間だった。
一瞬の出来事だった。
しかし記憶の中では、長い時間桜の花びらたちに包まれていたような気がする。
もう一度あの場所に行って、桜が散りかけたタイミングで、突風を待ち続けたとしても、同じ現象に出会える保証はない。
もう二度とあの幻想的な世界に身を置くことはできないのだろうか。
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