良い人だった | #シロクマ文芸部
花吹雪の桜並木はとても美しく、月日が過ぎた今でも脳裏に焼きついています。それはある人の告別式の日に見た光景です。
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通夜の天気は雨、参列者の悲しみそのまま、涙のように降り続いていました。
雨は翌日の朝には止み、親戚たちは言いました。
「良い人だったから…」
良い人が亡くなると晴れで、悪い人が亡くなると雨なんていうことがあるはずはないのですが、その時の私は悲しすぎるあまりに脳が麻痺していたと思います。
(うん。良い人だった)
人が亡くなる儀式は周りも巻き込みとても忙しいもので、私はその頃の桜が満開であることすら知りませんでした。
身内が死んだこと
自分の服装のこと
持ち物のこと
考えなくてはいけないこと、やらなくてはならないことは山のようでした。
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告別式が終わり、火葬場へ向かう途中の道でその光景を車中から見ました。満開で美しい桜並木が風に吹かれ、たくさんの花びらが広く舞っていました。
(これが花吹雪だ…)
火葬場でも親せきたちは言いました。
「桜吹雪がすごく綺麗だったね」
「良い人だったから…」
(うん。良い人だった)
その後のこれまでの人生で、あれほど見事な花吹雪にはお目にかかれていません。忘れることのない花吹雪が、忘れられない告別式となり、今でもその話題になることもあります。
「桜吹雪がすごく綺麗だったね」
「良い人だったから…」
(うん。良い人だった)
(了)
※実話です
シロクマ文芸部の企画に参加しました。
小牧幸助さん
いつもありがとうございます。
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