【掌編小説】Red Hill
ここはどこなのだろうか。
気が付けばこんなところにいた。
うだるような暑さだ。
少し高い丘の上にぼくは立っている。
周りは一面、赤茶けた砂しか見えない。
道もない、家もない、あるのはギラギラと熱線を放つ太陽だけ。
いつ、どうやってここに来たのか、記憶がない。
幻覚か?
跪いて砂を握ってみる。
熱い砂の感触が確かにある。
さっきまで自分の部屋にいたんだ。
疲れ切って暗い部屋の中で目を閉じて、再び瞼を開いたら何もかもが変わっていた。
時空の歪みに落ちて、どこかの別世界にワープでもしたのか。
人間と接触することに疲れていた。
人が獣に思える。
ぼくを食い殺そうとする獣に見える。
上司は会社から課せられたノルマ達成のために、遠慮なくぼくに牙を向けてくる。
こいつは人を襲う獣だ。
できないなんて選択肢はない。
そんなことを言えば、いつその牙で喉を食いちぎられるかわからない。
体調が悪いと言って会社を休んでも、復帰したらその倍働かされる。
同僚はぼくを蹴落とそうと、遠慮なくぼくに爪をたててくる。
こいつらも獣だ。
ぼくの背中をその爪で深く切り付け、動けないようにして、何食わぬ顔をしている。
やめてくれと頼んだところで、聞く耳なんて持っていない。
動けないぼくは、いつ上司の牙に襲われるか、ビクビクしながら生きている。
街行く人が鋭い眼光でぼくを威嚇してくる。
人じゃない、獣たちだ。
もう大きな通りなんて歩けない。
ぼくを睨みつける無数の目に、ぼくは視線合わせないようにする。
どこを見ても誰かと目が合ってしまう。
もう下を向いて歩くしかない。
一人くらい部屋に立ち、このまま消えてしまえばいい、そう思ったらこんな場所にいた。
赤く熱い砂の上に横たわってみる。
背中が焼かれる。
このまま焼かれ続ければ死ねるのだろう。
いつまでこの熱さに耐え続ければ、死ねるのだろうか。
熱いっ!
あまりの暑さにぼくは飛び起きた。
えっ?、なぜ?
これから死のうと思っている人間が・・・。
ここが砂漠なら夜は氷点下まで気温が下がる。
それならぼくは一晩で凍死することになる。
経験してことのない想像を絶する寒さだろう。
それならそれでいいじゃないか。
そう思ったぼくの目が何かを見ていることに気が付いた。
赤い砂の上にあるはずもない毛布を探している。
何をやってるんだ。
これから死のうとしている人間が・・・。
昨日から何も食べていない。
空腹でお腹が鳴った。
周りには食料なんて転がっているはずがない。
何故だろうか。
気が付けば、ぼくは空を見上げていた。
何を待っているんだ、ぼくは・・・。
救助のヘリコプターだと。
バカな。
必要ないじゃないか。
これから死のうと覚悟した人間が・・・。
なんなんだ。
結局は死ぬのが怖いんじゃないかぁ!
いや違う、生きながらえることに執着はない。
死ぬのが怖いんじゃない。
死ぬまでに襲ってくる苦しみが怖いんだ。
どれだけ土に焼かれたら死ねるんだ。
どれだけ凍えたら死ねるんだ。
どれだけ空腹に耐えれば死ねるんだ。
何をやったって簡単には死ねない。
もがいて、もがいて、体中を切り裂かれるような思いをしなければ・・・。
死ぬにはとてつもなく辛いを思いをしなければならない。
赤い丘はそれをぼくに教えようとしたのだろうか。
獣に食いつかれた痛いだろうな。
獣に引っ搔かれたら、そりゃ痛いだろうな。
でも抗えば死にはしない。
必死で抗えば・・・。
風はどこから吹いているのだろうか。
ぼくは意味もなく、風上の方角に顔を向けてみた。
赤い砂が目に入ってきて前が見えない。
それでも風に向かって歩き出した。
手で顔を覆いながら、一歩ずつ赤い砂の上をゆっくりと。
いつの間にかぼくは日が暮れた街の大通りを歩いていた。
もう顔を覆ったりしない。
通りすがりの人は、相変わらず獣のように鋭い目線をぼくに突き刺してくる。
ぼくは一匹の獣を選び、恐る恐る目線を合わせてみる。
薄明かりに照らし出されたその男性は、ぼくと背格好の変わらない大人しそうな青年。
違う獣に目を合わせてみる。
恰幅のいい気の良さそうな顔をした初老の男性。
違う獣は中学生くらいの子供。
通りすがりの人たちが獣に見えない。
人間に見える。
獣しか住んでいないと思っていた街中の誰も彼もが人間だった。
明日、会社に行ってみよう。
人間がいるかもしれない。