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【連載小説】「八月の歌」第十六話 (最終話)

 真司は立ったまま嗚咽した。服部が最後に残した言葉が、真司の無機質な心を崩壊させた。高校を卒業してからずっと一人だと思っていた。何も報われず、裏切られ続ける人生だと思っていた。自分を誇れるようなことなど一度もなかった。それは全て自分が心を閉ざし続けてきたからなのだろうか・・・。
 
「この銀行は包囲した。逃げ場はないぞ。おとなしく拳銃を捨てろっ!」
 目の前にいる警官の声が、遠くの方から聞こえてくるようだ。それと同時に昨日からの記憶が頭の中に蘇ってきた。
 
コンビニで居合わせたチンピラを襲って、持っていた拳銃を奪って逃げたこと、その足で横山を殺害しに行ったこと、そして服部を殺そうと後を付け、銀行で襲撃しようとしたら、銀行員に通報されて警官隊に取り囲まれたこと・・・。
 
 —あの少女は誰だったんだ。
 少女の記憶と思い出した真司の記憶が交錯する。砂浜であの少女を目撃してから、自分の中で何かが狂いだした。あの少女が真司の狂気の象徴だったのか。
 —暑さのせいだ。狂気が発火したのは。
 真司はそうつぶやくと、自分のこめかみを拳銃で撃ち抜いた。
 
 血に染まった真司は、ストレッチャーに載せられて銀行から運び出されていた。真司の耳にセミの鳴き声が入ってきた。それがあの聞きなれた歌に変わっていく。
 —飢えてゆく すさんでゆく
 —明日への希望など持てないまま
 周りは警官や救急隊員が右往左往しているが、真司の耳にはあの歌しか聞こえない。
「何でこんな時に、あの歌が聞こえるんだ」
 真司は薄れていく意識の中でそう思った。
—心に土砂降りの雨が降る。

<完>

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鈴々堂/rinrin_dou@昭真
小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。