【ショートエッセイ】一欠片のフレア
社会人になって35年が過ぎたが、いろんな人の顔を見てきた。
電車に乗り合わせた人や行き交う人を含めたら、それこそ何万人って数になる。
記憶になんか全く残っていないけど。
皆、それぞれの人がそれぞれの人生を歩んできて、これからも生き続けていくのだろう。
自分らしく自分の生き方で。
ぼくらしさってあるのだろうか。
ないはずはない。
"ちゃんと考えてみろ"、とぼくの心に問いかけてみる。
頑固、真面目、粘り強い、時々サボる?
そんな簡単な言葉では表現できないなぁ。
確かにサラリーマンには向いていない。
人と競争したり、人を利用したり、人と競争したり、そんなことしたくなかった。
いや、やろうと思ってもできなかった。
だからエンジニアに徹し、技術を極めてきた。
でもその唯一無二の技術力が誰かに利用される。
ぼくは何も浮かばれないが、反撃する術を持っていない。
だから自分を押し殺すしかなかった。
そして人と付き合うことが嫌になった。
そんな人間は幸せに生きていく権利はないのかな。
"きっとそうなんだろうなぁ"、とサラリーマン35年の経験がそう言う。
でも自分らしさを貫いてきた。
それを文字にしよう、自分らしさを文字にしよう。
ここならぼくを表現できる。
自分を殺す必要もない。
ここなら自由に生きられる。
こんなに嬉しいことはない。
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